人格の多重構造
天井に穴を開けられてしまった。こうなりゃ俺が飛び出してでもどうにかしてやるか。
「壁から少し離れて、でも天井の穴の下にはいないようにしろよ」
「ゼロはどうするの!?」
「この穴から飛び出す!」
跳躍! 俺が力を込めれば小屋の天井なんて高さはひとっ飛びで超えられるからな。
「ほう」
外はやっぱり晴天。雲は俺たちの頭上にある一点のみだ。
「俺が話に乗ろう! お前はいったい誰だ!」
さあ返事があるかな?
『そなた……陸のものだな? セイレンを、娘を出せっ!』
ここで雷だ。
だが落雷程度なら俺が片手で弾き返す。俺は腕に魔力を帯びさせている。覚醒剣グラディエイトに魔力を注入するのと同じように俺の腕に魔力を蓄えて電撃を逸らしてやった。
「俺には通用しないぞ」
『ぐ……おのれ……』
状況は理解しているようだ。という事はただ単に雷を落とすだけではなく、俺たちを認識できているという事だし、会話が成立する程の知能はあるようだ。
これが何の思念なのかそれとも知的な存在なのかは判らないが、会話ができる、意思の疎通が取れるのならば解決の糸口は見えるはず。
「聞けぃっ! 何ゆえをもって俺に雷を放つか! 事と次第によってはお前の娘とやらが平穏に暮らせなくなるやもしれぬのだぞ!」
『ぐ……』
この脅しは効果があったのか?
落雷は止まっている。屋根の上に乗っているから雷が落ちても俺がどうとでもできるがそれよりも操作している奴がどこにいるか……それ次第だな。
「いいだろう、落ち着いて話をしようじゃないか」
『話……』
「そうだ。ではどうしようか。俺の方から質問をするか、お前が俺たちに望む事を伝えるか。俺はどちらからでも構わんぞ」
『う……』
これは言葉の引っかけだ。俺が質問すると相手の反応が出る。応えようと応えまいとな。要求を聞く事も同じだ。相手の要望が判ればそこから対処の仕方も検討できるのだ。
どちらにしても俺の方に情報が入る所は変わらない。
「よし、お前の望みから聞こうか。お前は俺たちにどうしたい? どうなって欲しい?」
『ぐっ……そなたらの事を……』
「そうだ。俺たちにやって欲しい事だ。俺たちに望む事でもいい」
『セイレン……セイレンを助けて……。わらわは既にセイレンを守る事ができぬ』
「雷は落とせたがな」
『落雷での破壊はできるやもしれぬ。じゃが、セイレンを守る事と同義ではないのだ……』
電撃は不安定だからな。狙った獲物だけ討てればいいだろうがセイレンが近くにいた場合には敵だけ狙い撃ちというのも難しいだろう。
「判った、セイレンは俺が責任を持って守ろう。情勢が安定するまで、な」
『お……おぉ……』
泣いている、のか?
『そなたのその言、誠か……』
「ああ。レイヌール勇王国の初代国王だった俺が言うんだ、間違いない」
『国王……』
「だった、だけどな。まあ院政もしていないし今の俺がどれだけ権力を行使できるかという事はあまり期待しないで欲しいが、だが……」
天井の穴から下へ飛び降りよう。セイレンの様子が気になる。
『セイレンを……』
「セイレンを……」
俺の思考の中に入ってくる言葉とせいれんの口の動きが連動しているじゃないか。
「やっぱりセイレン、お前が直接脳に話しかけてきているのだな。どうもお前の思考回路は多重化されているようだ」
ほらな、俺の言葉を聞いてルシルもびっくりした顔になる。
「ゼロ、セイレンが……この頭に話しかけてくるような声の本体……?」
「そうだ。セイレン自身は意識していないだろうが、これはセイレンから放たれる思考の一部だ」
言っていて俺もよく判らなくなってきた。
ルシルたちに説明する時に俺の考えもまとまるだろう。
セイレンがやっていた事を。