勝ち目のない戦い
ふらつく足取りで歩いてくるブレンダ。
「なぜ判った……」
「呪われても記憶が、意識があった事か?」
「そうだ……」
間合いを取りながらもブレンダがルシルたちに近寄らないよう牽制する。
「簡単だ。お前は愚かな事と言った。呪いで記憶の無い奴は自分のやった行為が愚かかどうかなど判る術もないからな」
「そうかい、あたいが自分からゲロっちまったって事か」
「あの呪いの中で意識を保っている事、それでいて肉体の限界を超えた力を制御していた事。それ自体は賞賛に値する」
「流石は勇者、それでもあんたにゃかなわなかったよ」
後ろ手に持った短剣が落ちて固い金属音が部屋に響く。
鎧が外れて上半身裸のブレンダが両手を挙げて抵抗しないことを表現する。
「いいからその鎧を着けろよ」
「ゼロいいの? あれはもう解呪されているから純粋に強力なSSクラスの魔導具だよ」
俺はルシルの問いにうなずいて答える。
「いいのか、勇者よ」
「ああ構わん。それにお前がそれを身に着けたとしても俺には勝てないからな」
「ほう、いい度胸だ。それならその言葉に甘えよう」
ブレンダが歪んだ妖精を着け直す。
「おお……これは軽い! 呪いが解けた高レア装備とはこういうものなのか!」
姿形は同じだが暗いもやがかかったようなオーラから光り輝くような眩しさに変わったように感じられる。
「これは、いいなっ!」
ブレンダが床に落ちていた短剣を拾い俺の目の前に駆け込んでくる。
「勇者ゼロ!」
セシリアが悲鳴にも似た叫び声を上げるが、俺は動じない。ブレンダの短剣が俺の首元に当たる。
「……肝の据わった男は好きだよ」
「そりゃどうも」
ブレンダは短剣を持ち直すと、手の中で回し始めた。
そんな様子を見てセシリアがルシルに尋ねる。
「ルシルちゃん、どうして勇者ゼロは動かなかったのだ? まさかあの女戦士の動きが速すぎて動けなかったという事はないよな」
「当然でしょ。ゼロは敵感知が発動しなかったから、相手の動きに敵意が無いと判っていたのよ」
「ははぁ、それは凄いな。そこまで感覚が鋭くできるというのか」
「まあゼロならあの状態からでも敵意を察知したらすぐに反撃できたでしょうけどね」
「それはさらに凄いな……。流石は勇者ゼロ、俺の婿だけはある」
「はいはい、言うだけならタダだからね、副ギルド長さん。ねぇゼロ! そんなことよりもこの子たちをどうにかしたいんだけど、手伝ってくれるかな!」
ルシルは壁につながれているゴブリンたちの手錠を外そうとする。
「ルシルちゃん、これ、ゴブリンだぞ。自由にさせたら何をされるか……」
セシリアの言葉にルシルが一瞬怒気を表に出した。俺がそれを抑えてやる。
「いいんだセシリア。俺もルシルも魔物たちとは因縁浅からぬ関係だ。ゴブリンといえども不条理に捕らえられていいものではない」
「だが……」
「ああ、刃向かってくるようなら容赦はしないがな」
俺はゴブリンたちににらみを利かせると、ただでさえ生きる望みを絶たれていたゴブリンたちは抵抗する意思も見せなかった。
「そんならこの鍵を使うといいさ」
ブレンダが腰に着けていた小袋から小さな鍵を取り出した。
「その手錠の鍵だ」
放り投げられた鍵はルシルの手の中に収まる。
「いいのか」
「ああ、あたいもこういうやり方は好きじゃないからね。それにゴブリンなら襲ってきたところでこの骨砕きの敵じゃないしさ」
「弱っているゴブリンにそんな考えはないさ。ルシル、片っ端から解放してやってくれ」
「うん、待っててね、すぐ自由にさせてあげるから」
ルシルの言葉で、あからさまにゴブリンたちの表情が希望に満ちたものになる。
「だが、こうなっていた説明は聞きたいのだが。話してもらえるかな、ブレンダ」
「いいよ、あたいも傭兵だからね、給料分は雇い主に忠実だけど、今回は装備の呪いを解いてくれた礼に、この工場の事を教えてあげるよ。まず、この工場は……」