呪いの作用と反作用
俺の突進に合わせてブレンダが骨砕きを横に払う。
かなりの重量があるはずだがブレンダはそれを意に介する様子も無く使っている。
「呪いは解かれていないはず。いや、あの武器から見える禍々しいオーラは、確かに呪いの物だ」
ブレンダは横に振ったり縦に振り下ろしたりと、骨砕きを自由自在に操っている。
「躱しているだけではきりがないが、あの間合いに入るのは難しいか」
「ゼロ、もう解呪する方が早いよ。このままだといつまで戦っているか判らないよ」
ルシルの言う通りかもしれない。敵の応援も来るかもしれず、あまり悠長にはやっていられないか。
「解呪か、久し振りでやり方を忘れてしまったなあ」
俺がルシルを横目で見る。その間もブレンダの相手を続けながら。
「え、いや、嫌よ私! こんな所で! 大体忘れたなんて嘘でしょゼロ!」
「やっぱりバレたか」
「バレるも何も、そんな嘘信じるわけないでしょ!」
そうだろうな。となるとやはり俺がやるしかないか。
「そろそろお喋りはすんだかな? それじゃ、あたいともっと戦っておくれよ!」
ブレンダの攻撃に勢いが増す。腕の浮き出た血管が破けて血が噴き出す。
「そういう事か。呪いの影響で装備は使いにくいだろうが身体の限界を超えて使っているんだ。負荷なんて関係なく、な」
俺が上段から剣を打ち下ろすとそれに合わせるようにブレンだが骨砕きを下から突き上げる。
「そこっ!」
俺は剣を放り投げると振り上げた両手でがら空きになったブレンダの身体に正面から突っ込む。
「なっ」
そのままブレンダに抱きしめる形になる。
「何をしているんだ勇者ゼロ、女とみれば見境がないのか」
「違うのよセシリアさん、見ていて……」
ルシルがフォローしてくれる。セシリアのあきれ顔は無視しておこう。
俺はブレンダを抱きしめたまま両手に力を入れる。
「う、うぐっ……!」
ブレンダが苦しそうに息を吐き出す。手にした骨砕きを下げようにも俺が肩の関節を固めているため腕を下ろすことができない。
「凝り固まりし思念の姿、歪む精神が含意となる」
俺の鼓動と合わせて呪文を唱える。
「速やかにくびきから放たれ流転の園へと舞い戻れ」
「ぐ、ぐわぁぁっ!」
鼓動と呪文に合わせて闇のオーラが揺らぎ、その揺らぎの度にブレンダが苦しそうにもだえる。
「解っ!」
呪文を唱え終えると同時に俺はブレンダから離れると、今まで呪われた鎧、歪んだ妖精を覆っていた闇のオーラが霧散した。
同時に呪いで束縛されていた鎧が自然に剥がれ落ちる。
「ああっ……」
うめき声と共に膝を付くブレンダ。手放した骨砕きが大きな音を立てて床に落ちた。
「解っ」
ルシルが骨砕きに口づけをすると、同じように呪いが解けて闇のオーラが消えた。
俺は半裸になってしまったブレンダに自分の着ていた外套を掛ける。
「こ、ここは……、あたいは……」
「なぜ呪われた鎧を着たのかは判らないが、着てから記憶が無いのだろう。呪われた装備という物は身につけた者を意のままに操るという能力もあるからな。操られている側はそれに気付かない場合がある」
「呪われた……。この鎧はムサボール王国の大臣から、魔物討伐の褒美としていただいた物……。着けてみろと言われて装備してから……ああっ、何も思い出せない……」
頭を抱えて混乱を鎮めようとするブレンダの頭に俺はそっと手を置く。
「呪いによるものであればもうその強制は解けた。後は自由だ」
「ああ……勇者ゼロ様、あたいはなんて愚かな事を」
ブレンダが立ち上がった勢いで外套が滑り落ちる。上半身裸のまま済まなそうな顔で俺に近付く。
「ゼロ……」
ルシルが俺を見て何かを感じたのだろう。
「ブレンダ、やめておけ。その背中にある短剣では俺を殺すことなどできんぞ」