器の終わり
俺の手の中で力なく横たわる身体。
しゃがみ込む俺に触れるものがあった。
「ゼロ……君……」
「ピカトリス……」
全身傷だらけで息をするだけでも辛そうなピカトリスが、這いながら進んできたのだろう。地面には血の跡が付いていた。
「済まないピカトリス、Sランクスキル、重篤治癒。ピカトリスの傷を癒やせ」
俺のスキルが発動しピカトリスの身体にある傷がふさがっていく。
「回復させてもらって悪いんだけど、それどころじゃないのよ……」
「どうしたって言うんだ」
「これ……」
ピカトリスの持っている物は小さな円錐形の塊が二つ。
「こいつの……バイラマの角、か?」
「そうよ、バイラマの……神の角」
ピカトリスはゆっくりと起き上がり、今度はふらつきながらもアリアの方へと歩いて行った。
「あたしだって錬金術師であり死霊魔術師でもあるのよ。魂を扱うならあたし以上の適任はいないわ……」
ピカトリスがアリアの額をなでると、アリアの頭に付いていた角が簡単に落ちて転がる。
「ゼロ君、その角を拾って……」
それだけ言うとピカトリスは倒れ伏してしまう。
「その角……を」
ピカトリスはどうにかそれだけを言葉にする。
「角か」
俺は急いでアリアの頭に付いていた角を拾う。
「あっ!」
俺の頭の中に何かが入り込んでくる。
意思のような、思念のような。
「それを、バイラマの……身体に、胸に押しつけて……」
「胸に」
俺は角を持って仰向けに寝かせたバイラマの身体の横に座る。
「胸の上に乗せて……両手で押しつけて……」
「判った」
俺はピカトリスの言う通りに、バイラマの胸の上に角を二つ乗せた。
丁度胸の谷間の位置に角が乗る形だ。
「行くぞ……」
俺がバイラマの胸に手を添えて力を入れる。魔力を注ぎ込む時のように、奥へ奥へと意識を集中させた。
段々とさっき流れ込んできた意識がバイラマの身体へ移っていくような感覚。何かが移っていく不思議な感じがする。
「これで……いいのか?」
ピカトリスは小さくうなずくが、それ以上動こうとしない。
俺の中にはさっき流れ込んできたものはもうなくなっていた。
「おい、ピカトリス、これがいったい何だと言うんだ、なあおい」
力を振り絞ってピカトリスは仰向けに転がる。
「オウル……見ていたのねオウル」
ピカトリスは空に向かって何かつぶやく。
「オウル? オヤジがどうしたんだ」
「ねえオウル、あたしはちゃんとあんたの夢を叶えたわ。あんたがゼロ君を残して逝ってしまっても、あんたの夢を果たすためにあたしはずっと頑張っていたんだからね……」
「おいピカトリス、いったい何を……」
ピカトリスは目を見開いてはいるが、その瞳には既に生気が宿っていなかった。
「オウル、あんたがやろうとしていた事、これで終わったわね」
ピカトリスはここにはいないオヤジへ語りかけるように独り言をつぶやいている。
「アリアちゃんをルシルちゃんの現し身にして引き取った意味はこれだったのね。ルシルちゃんを元の、ううん、その大元となる神の身体に移すため、アリアちゃんの中に入っていてもらっていたのね……」
「ピカトリス、お前今何て……」
俺の声はピカトリスに届いていないのだろう。話しかけようが手を握ろうが、ピカトリスの反応は変わらない。
「そこからは私が説明するわ」
俺の背後から、落ち着いた、そして澄んだ声が聞こえた。