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消去

 ルシルが俺の横で倒れ込む。


「くっ!」


 俺は急いで駆け寄りルシルを抱き起こす。


「ルシル! おいっ! しっかりしろ!」


 俺が抱き寄せたルシルを揺さぶるが反応はない。

 いや、呼吸はかすかだが感じられる。


「よ、よかった……生きては……いるのか……」


 呼吸に合わせて胸が上下していた。どうやら呼吸は落ち着いてきたようだ。


「ん……んん」


 ルシルの小さい唇から声が漏れる。


「ルシル!」

「あ……」


 ゆっくりと目を開く。


「お兄……ちゃん?」

「……っ」


 俺に話しかけたのは、懐かしい視線。幼い頃から見ている表情。


「ア、アリア……か」

「うん……」


 うなずくのは俺の妹でルシルの器となっていた少女のアリアだ。魔王だった頃のルシルの身体を素体とした複製人間クローン。そう考えるとバイラマの分身の複製人間クローンと言う訳だ。


「アリア、ルシルの意識は……あるのか」


 アリアの性格が表に出てくるという事はルシルが力を使い果たしたか、それとも……。


「ごめん、ごめんねお兄ちゃん……ルシルちゃん、もうアリアの中にいないの……」

「なっ……」


 バイラマは何か呪文のような事を口走っていた。

 俺はアリアをゆっくり座らせるとバイラマに近寄る。


「おいバイラマ……」


 バイラマは動かない。

 目は閉じたままだが口が小さく動く。


「ふっ、まだ予の意識が残っていたか。とはいえもはや身体を操作する程のリソースは残っておらんか……」

「バイラマ、ルシルは……ルシルの意識はどうしたんだ!」


 俺はぐったりとうなだれるバイラマの胸ぐらをつかんで引き起こす。


「無駄だ……予はデリートではなくクリアシーケンスのコマンドを入力した」

「どういう……事だ……」


 バイラマの言語は理解できない単語ばかりだ。


「あの山や大地と同じようにルシルも消したというのか!」

「ふっ、当たらずとも遠からず……。なあに簡単なことだ、削除したのではなくその存在自体を消去したのだ。跡形もなくな……」

「なっ……」


 胸ぐらをつかむ手に力が入る。握った爪が掌に食い込んで血がにじんできた。


「予の分身……その精神という事であれば、デリート……削除では効かぬ。そういう設計だったのでな……」

「そんな……馬鹿な……」


 ルシルが消えた。

 俺の中にあった何かがともなく崩れ去った気がする。


「もはや視覚映像の伝達できぬ予には判らぬが……そなた……」


 バイラマが息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。


「泣いて……おるのか……」


 バイラマの一言で俺も気が付いた。頬を伝う温かいものに。


「涙……俺が……?」

「なるほど、面白いのう……創られた存在と言えどもここまでして心を揺さぶるものができるとは。なるほど……なるほど」

「何を……」


 呆然としている俺に向かって、バイラマがつぶやく。


「そなた……」


 その一言一言が重い。


「あの娘を、好いておったのだな」


 見開いた俺の両目から涙が溢れる。胸の奥が締め付けられるように苦しい。


「あ……あ、あ……!」


 声にならない叫びが俺の喉を苦しめていた。


「バイラマァ!!」


 ルシルが魔王の頃と同じ顔。アリアが成長すれば同じような顔になるだろう。

 だが俺にとってこの角の取れた長い黒髪の女は、憎き仇に映る。


「ああ、もはや音声認識もままならぬ……。記録だけでも、よいデータが取れた……これで予の」


 話している途中で、緊張の糸が切れたようにバイラマの動きが止まった。

 俺の腕の中には、ただの人の形をした肉体が横たわっているだけだ。


「ルシル……」


 俺は心の中で消え去った少女の面影を追っていた。

【後書きコーナー】

 お読みくださりありがとうございます。

 本編はもう少しで完結する予定です。今しばらくのお付き合い、よろしくお願いいたします。

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