魔力増強
上空から聞こえる声は紛れもない。
「ルシル!」
俺の突撃はバイラマの身体を捉える。まだ残っていた氷の剣が俺の肩を貫くが、この状態で俺の動きを止めるまでには至らない。
「だが勇者よ、そなたの力は先程までには高められておらぬようだぞ」
焦りを含んだ表情だが、それでもバイラマは引きつった笑みで俺を見る。
「だがお前の顔で確信した」
「予にかなわぬ事をか?」
「そうだな……」
俺の全力を込めた剣がバイラマに突き刺さるはずが、頭の前で動きを止めた。切っ先は確実にバイラマの眉間を捉えていた。
だがまた冷気の壁に阻まれてしまう。
「これ以上は……突き刺せない……」
俺の声に合わせてバイラマの少し安堵したような吐息が漏れる。
「さもありなん。そなたのスキルとやらもここまでのようだ」
「いや、違う」
「何が違う。このまま押し切れば予の頭は串刺しぞ。割れたスイカのようになぁ! だがそれもかなわん。予の冷気ですらそなたの剣は突き破れないのだからのう! はーっはっはっは!」
俺はバイラマの頭に剣を突き立てようとしたその体勢のままで固まってしまう。
だがそれも計算通りだ。
「さっきから思念伝達ですっごい伝わってきたからね!」
ルシルは上空を旋回していたウィブの背中から飛び降りると、今度は俺の背中に取り付いた。
小さいながらも柔らかい身体が俺の背中に押しつけられる。
戦いの最中だというのに、ふんわりと落ち着く香りが俺の鼻腔をくすぐった。
「ほう、その小娘は予の複製人間か!」
「こいつはルシル。お前の複製人間でもあり神の分身だ!」
俺の背中に貼り付いた状態のルシルが両手を回して背中から抱きつくような格好になり、掌を俺の胸に当てる。
「行くよゼロ!」
「頼む!」
「SSSランクスキル、魔力伝注掌っ!」
ルシルの手から光が放たれ、俺の身体の中にルシルの魔力が流れ込んできた。
「バイラマよ、俺一人の力ではお前の冷気を突破できないと言ったな」
「うっ」
バイラマの顔から笑みが消える。
「お前の分身である魔王の魔力が俺と同化する! 勇者の魔力だけではない、魔王の魔力も加えた状態でお前の壁はいつまで耐えられるかな!」
覚醒剣グラディエイトが更に強力な光を放つ。
ルシルから、そして俺から注入された魔力がほとばしっているのだ。
「思い出せ。俺一人でもお前の頬に傷を付けるくらいは出来たんだ」
「なっ、まさか……」
「それにルシルの力まで加われば、お前の冷気など……」
剣先がバイラマの額に触れる。
その瞬間、空間にヒビが入り氷の壁が砕け散った。急に時が動き出したかのように俺の身体が超加速走駆の速さそのままに光の航跡を残して前へ突き抜ける。
「ぐ、わぅ……」
バイラマは直接斬れなかった。
だが、魔力の刃は確実に貫通し奴の精神体は身体の中で粉々に打ち砕かれはずだ。
バイラマの額から角が落ちて転がっていた。そう、俺には聞こえたのだ。
魂の砕けた音が。
「や、やりおったな……」
バイラマは魂が引き千切られつつも、頭を押さえながら俺たちをにらんだ。
「まさか小娘をおぶった奴に予が斬られるとは……」
「バイラマ、お前は確かに強いがルシルはお前の一番近い分身。この世界でお前に次いで魔力の量を持つ者と言えるだろう」
俺はゆっくりとルシルを背中から下ろす。
「そして俺はお前の言うプレイヤーとやらの力を持った勇者だ。今を思えばこの特殊な勇者系スキルもオヤジの作りだしたものなのだろう。俺以外の奴には使えないスキルばかりだからな」
バイラマは頭を押さえて前屈みになりながらも、膝を付かずにこらえて立っている。
「その勇者と魔王が一つとなって立ち向かったんだ。少しくらい強いからといって俺たちに勝てる道理はないっ!」
「ふっ、ふっふっふ……」
角の取れたバイラマが吹っ切れたかのように高笑いをした。
「コンソール、デリートオブジェクト。ターゲットはA二〇二からK六四五まで!」
バイラマの手の動きに合わせて辺りの山が、森が、大地が四角い塊に分裂したかと思うと、粉々になって消えていった。
「こいつ、何をしていやがる!」
「はっはっは! もはや予はアクセスコントロールを失った残滓に過ぎん。だがログアウトするまでに破壊神たる力を見せてやろう!」
「消えるなら素直に消えやがれ! 余計なことをしやがって!」
俺は覚醒剣グラディエイトを構え直してバイラマの首を狙う。
「ま、まだだ……クリアシーケンス起動、イグジットキャラクター、ターゲット……ルシル!」
「なっ!」
バイラマの宣言の後、俺の横でルシルが目を見開いたまま、糸の切れた操り人形のようにくずおれた。