大輪の花
バイラマの頬に小さいながら傷がある。俺の攻撃がわずかであっても突破できたという事。
「バイラマ! 可能性は見えたぞ!」
「その意気やよし! さあ勇者よ先程の力が出せるのか!?」
俺に向かってくる十本の剣。冷たい氷の中に燃えたぎる炎。飛んでくる剣の軌跡が炎の帯となって見える。
「直接握っている訳ではないんだ、その剣程度で俺を討ち取れると思うなよ!」
俺は叫びながらも飛翔する剣を撃ち落としていく。だがバイラマの放った剣は四方八方どころか俺の背後からも飛びかかってくる。
「直線だけではないのか!」
バイラマに向かって前へ前へ進んでいた俺にとって後ろまでは文字通り手が回らない。
「追いつく前に! Sランクスキル発動、超加速走駆! 奴の剣よりも速く!」
俺は瞬間的に速度を上げてバイラマとの距離を詰める。
「串刺しにしてくれようぞ」
バイラマが両手を広げて宙に弧を描くような動きをした。
「まだ出すか!」
「あの十本で終わりかと思うたか」
俺の目の前には大輪の花を思わせる程の大量の剣。それがバイラマを守るかのように宙へ浮いていた。
「突進してもあの剣の束は打ち崩せるかどうか……いや、やってやれない事はない! やるんだ! 突破しろっ!」
俺は自分に言い聞かせながら押し寄せてくる剣の波を打ち払っていく。
「ほう、しぶといのう。ならばこれであればどうかな?」
バイラマは両手を伸ばして円を描くと、その動きに合わせて次々と剣が生成される。
「八重!」
バイラマの周囲には何層にも重なる剣の花が咲いていた。
「これはそうさのう、強いて言えばパイ生地のようなもの。一枚一枚は薄いが折り重なれば分厚い生地になる。そして分厚くもなれば中のシチューも外に漏れなくなる」
無数にある氷の剣の奥でバイラマが笑う。
「この八重の剣を見事突破してみせよ、勇者よ!」
「くっそぉ!」
俺は渾身の力を込めて何度も何度も氷の剣を打ち払い、砕いていく。
だがその先にはまだおびただしい数の剣が俺を狙って浮いていた。
「ふむ、もういいだろう。そなたの働き、予は満足じゃ」
バイラマが手を伸ばしたまま胸の前で叩く。
「集!」
氷の剣が群れをなして俺に突っ込んでくる。防壁を作ろうにもスキルの発動が間に合わない。その瞬間、俺は自分がハリネズミみたいな姿になる覚悟をした。
「ぐふっ」
無数の剣が俺の目の前の奴に突き刺さる。
「ピカトリス!」
俺の超加速走駆よりも速く、ピカトリスが俺とバイラマの間に割って入っていた。
「なぜ!」
ピカトリスは串刺しになりながらも俺の方へと歩いてきて、俺の肩をつかんでバイラマの方へと押しやる。
「錬金術師を甘く見ない事ね……。大地の希少元素からも身体は造れる……わ。さあ、道は作ったわよ! ゼロ君、やっておしまいなさい!」
ピカトリスは血の泡を吐きながら俺を鼓舞した。押しやる手の圧力が俺を更に加速させる。
「礼は必ず!」
「期待しているわ……」
俺は後方でピカトリスが倒れる音を耳にしながらも突進を止めない。
この勢いはピカトリスの残してくれたもの。ピカトリスが作ってくれた道だ。
そして身を挺して作ってくれた時間。
「来たよ、ゼロ!」
上空から俺を呼ぶ声が聞こえた。
【後書きコーナー】
ついに500話です。ここまでお読みくださりありがとうございます。
多分これがラストバトル? ラストスパート?
残りわずかな予定ですが、お楽しみいただけると嬉しいです。
ご感想、評価をいただけたら元気になりますので、どうぞよろしくお願いいたします。