氷の炎
バイラマが氷の玉座を蹴った。たいして力を入れた様子も無かったが、軽く足でつついた程度で氷の玉座が粉々に砕け散る。
「どれ……」
砕けた破片を手にするバイラマは、納得顔で俺を見た。
「面白いぞ勇者よ。予はこうして生成の力を発揮する事が出来る」
「生成の力……。創造の力とでも言うのか……」
俺はバイラマの手にした氷の塊が不気味に思えてならない。
溶岩は溶けた状態であれば赤くも光るだろうが、冷めてしまっては黒い塊だ。そのはずなのだがバイラマの手にした氷の破片は、その中が赤く光っている。
「見よ勇者よ、これが創造神の力ぞ。氷の剣だがその中に宿す炎は消えるどころか燃え盛っておろう!」
いったい何なんだ、このでたらめな法則は。バイラマの言う通り氷の破片は剣のような形になっている。その芯は固まった溶岩だったはずだが透き通る氷の刃の奥底には赤い炎が揺らめいていた。
「ほれっ!」
バイラマが剣を振るうと冷気を帯びた炎が鞭のようにしなって大地を打つ。剣は触れていないがその噴き出した鞭が地面に当たって乾いた音を立てた。地面は叩かれた部分だけ焼け焦げるがその周りが凍って固まっている。
「たとえ勇者がどれだけ頑丈だとしてもこの攻撃は耐えられまい!」
バイラマが俺に向かって剣を振るった。その切っ先から同じように赤い氷の鞭が飛び出してくる。
「くっ!」
俺は何とかその炎の鞭を剣で受け止めようとしたが、その攻撃の無効で不敵な笑みを浮かべているバイラマの顔が一瞬目に留まった。
「受けきれるか!?」
「受けてみせよう!」
「そうか勇者! 剣で受けようにもこの氷の炎は受けた剣をすり抜けて行くだろうがなあ!」
バイラマの言う通り、刃で受けようとした俺の剣を越えて炎の鞭が俺の肩に当たる。
「なっ!」
「ほう、どうした勇者よ。よもやそなた、熱い……とでも思うたか? くっくっく……」
俺は自分の左肩を見た。
肩当てと服が黒く焦げて崩れ落ち、その中に赤く焼け焦げて血がにじみ出てきている俺の肩。
「あ、熱い……。久しく感じていなかったが……確かにこれは熱さ、だ……」
俺には勇者専用スキルでSSSランクの温度変化無効が常時発動しているのだ。SSSランクともなればそれ未満のランクレベルのスキル程度では熱の変化に伴う傷は一切負わない。たとえ炎熱の溶岩に飲まれようとも俺の身体は無傷でいられたのだ。
「それが……この攻撃程度で……火傷、だと……」
「戦いの最中であるぞ。いつまで呆けておるか!」
バイラマは調子に乗って次々と鞭を繰り出す。俺はまともに受けず躱す事に専念する。
ステップを踏んで右に左に避けていく。それでも間に合わない場合は剣ではたき落とすのだ。
受けるのではなく受け流す。バイラマの攻撃は溶岩の芯を持った物理的な攻撃でもある。剣で弾きその方向を変える事はどうにかできた。
「予の能力がそなたのスキルを凌駕しておるのか、それともスキルそのものが予にとって異質であるだけのものなのか。だがこのままではいつまで持つか。それっ! それぇっ!」
バイラマの攻撃が激しさを増していく。確かに直撃を食らえば無事では済まないだろう。
俺は滑る足下を気にしながら避けていかなくてはならない。
「それっ、それぇっ! かっはっはっは!」
バイラマは高笑いしながら炎の鞭を放ちまくる。焦げた地面がまた熱を持って泡立ち始めた。
「そんな剣一本でいつまで弾き返せるかね!?」
バイラマの言う通りだ。おれの攻撃は何一つ当たらない。俺の剣は奴の氷を砕けなかった。そして奴の攻撃も躱すのが精一杯。
焼ける音がしてまた地面に鞭の跡が残る。周りにある岩や建物の破片も炎の鞭で溶け始めてしまう。
「何という威力、何という力。これが創造にして破壊の神……」
「そなたも判ってきたようではないか」
俺は覚醒剣グラディエイトに付着した溶岩を振り下ろして払った。グラディエイトは俺の魔力を帯びて淡く光っている。
「ああバイラマ、お前の力がとんでもない事は確かだ」
「そうだろう。さあもういい加減予の手を煩わせる事は終いにしてくれまいか?」
「そうしたい所だが」
俺は剣を両手で握りしめた。
覚醒剣グラディエイト、魔王討伐の時に持っていた勇者の剣が魔力を帯びる事によって能力覚醒した唯一無二の聖剣だ。
「俺はこの剣一本で戦ってきた」
「そうであれば予が最後の相手となってやろうぞ」
「ああ、剣を置くには申し分ない」
俺は柄を握る手に力を込める。
魔力を注入され、覚醒剣グラディエイトも勝負の時を心待ちにしているように淡い光を揺らめかせていた。