創世神話
俺の目の前にいるバイラマの姿はルシルの魔王時代とそっくりそのままだった。
「何も不思議に思う事もあるまい。なにせ予の姿をモデルとして造り出したものがかの魔王だからな」
事も無げにバイラマが得意げに笑う。氷の玉座に座り足を組みながら。
「ルシルが……堕天したとはいえ神の分身だったと言うのか」
「ふうむ」
バイラマは少し考えを巡らせたかと思うと、改めて俺を見て薄ら笑いを浮かべる。
「その解釈は当たらずとも遠からず、だな。予も流石に全てを取り仕切るにはリソースが足りなくてのう。独自に動く手駒を欲しておったのよ」
「手駒……だと」
「その手駒に魔族を統率させてみた。それとは別に予の姿、と言うよりは人間に近しい者たちを造り、世界に放ったのだよ」
「何だと……」
そうするとこの世界の生物は全て創造神から造り出された……いや、生物だけではない。大地や海、世界の全てが……。
「そう、予の創作物であるという事ぞ」
俺の背筋に戦慄が走った。
「当たらなければいいと思っていた最悪の想像が当たってしまった訳だな」
「ほう、流石は勇者。見る目と考える力が次元を越えておるのう」
褒められた所で嬉しくもないのだが。それが本当だとするとこの世界は……。
「神に創られた天地だと……」
「その通り」
神の肯定がここまで心を凍らせる程の力を持ったものだとは思いもしなかった。
俺は心臓をわしづかみにされたような苦しさを感じる。口から魂が引きずり出されるかのように。
「だがな、予にも誤算があった」
「ほう、神も万能ではないという事か」
「万能……そうさのう、その通りだ勇者よ。神とて万能ではない、だがそれが面白い。神は全てを生み出す事ができ、全ては把握できぬ」
バイラマは玉座の肘掛けを使って頬杖をつく。
「ある程度創造してからはその生物の独自進化に任せたのだよ。とある生き物は高度な文明を築き、他の生き物は子孫を増やす事に血道を上げた。石造りの彫刻に種族の全てを投げ打った者たちもいた」
「石造り……ドワーフたちの事か」
「そなたらの世界ではそう言うらしいな。ドワーフは子供たちよりも己が造りし作品に命を捧げていたようだからな」
遙か昔にドワーフたちは滅んだが、その遺跡や彫刻は今に伝わっている。
「それもまた予の愛しい子らが選びし生き方よ。くっくっく……」
喉の奥でくぐもった声の笑いが聞こえる。
「栄枯盛衰、それを眺めるもまた神たる予の務めであり……」
細めた目が俺を射貫く。
「楽しみであった事よのう!」
「くっ……」
バイラマの愉悦に歪んだ顔を見て俺は奥歯を噛みしめた。
「いいかバイラマ」
「ほう、どうした勇者よ」
俺は手にした覚醒剣グラディエイトを構え直す。切っ先をバイラマに向けて。
「それ以上妄言を吐くな。その姿でな」
鋭い剣先を向けられてもなお、バイラマの笑みは変わらなかった。