不可思議な力での浮遊
大男のジャガードが去った後、サトシとシーナは少し身体の緊張を解いた様子だった。
「そんなに冒険者ギルドっていうのは横暴なのか?」
「えっと……横暴、そうですね。そうかも知れません。外敵がいなくなってから彼らは自警団みたいな事をしてきまして」
サトシが説明する所にシーナも説明を付け加えてくれる。
「あいつら、町が外から攻められる事がなくなったの知ってから、自分たちの町で力を振るうために粋がってるのよ!」
「この浮き島が孤立しているという事は理解しているのか」
「そうよ! あいつらそれを知って町の人たちには内緒にしているの!」
シーナが凄い剣幕でまくし立ててきた。
「シーナ、少し落ち着いて……」
「でもサッくん……」
「いいから。僕が説明するよ」
サトシがシーナを抱きしめる。
「サッくん……」
「落ち着いて、シーナ」
「うん」
そこで俺がわざとらしく咳払いをした。
「俺たちは町が無事ならそこへ行ってみようかと思っているんだが」
「そうですよね、よければ僕たちが案内しますけど」
「助かるよ。それを期待していたんだけどね。あんな筋肉だるまみたいな会話が通じない連中ばかりではこちらも疲れる」
「ははは……」
サトシが失笑するのも判る。あの脳筋が初めに出会った住民でなくて助かった。
「ちょっと僕たちの事をお話ししますと、僕たちは気が付いたら空に浮かんでいたんです」
「気が付いたら、というとそれまでは気が付かなかった」
「はい。初めは息苦しいかなあ、少し寒いかなあっていうくらいでした」
サトシは町へ向かう道を案内してくれながら、当時の状況を説明してくれる。
「何日か経って、いつも来る行商のおじさんが来ないっていう話が持ち上がって」
「町の外との接点がなくなったと」
「はい。町の住人でも他の町へ行っていた奴とかが戻ってこなくて、これは妖しい、何か起きたのかと調査に出たんです。そうしたら……」
「自分たちの土地以外が何もなくなっていた」
サトシは神妙な面持ちでうなずく。
「この世の終わりかと思いました。他の町とも連絡が取れず、それどころか地面の終わりの先にはただ雲と空が見えるだけ。だから初めてなんです、あなたたちがこの町に訪れるのが」
サトシはどこかほっとしたような様子で歩き続ける。
「ゼロ、いいかな」
ルシルが俺にささやく。何か気になる事があったのだろうか。
「理解が早くて助かるんだけど、それにしてもこのサトシって話が通じるというか」
「ありがたいからいいじゃないか。それが問題か?」
「問題って訳じゃないけど、職人ギルドってこんな大地とか空とか、そんな学問みたいな事までやらないよね?」
「そうだな……だが地方の町は錬金術の学校やギルドなんかないからな、幅広く教育をやっているのかもしれないぞ。その中から専門的に学ぼうとしたら、それこそ王都に来るとかな」
「ふうん、そうかなあ」
ルシルは納得してはいないものの、理解はしてくれたようだった。
「えっと、王様」
俺とルシルの会話を邪魔しないように待っていたのだろうか。会話に区切りが付いた所でサトシが俺に声をかける。
「この先のあの壁が、ホーツクの町です」
土でできた壁が見えてきた。かなり長い壁が続いている。
「あの土塁が崩れていない所を見ると、確かに浮き島ができる時にそれ程大きな衝撃がなかったと言う事だな。そもそも大地が揺れるんだ、あの土塁に目立った傷がないからな」
「そうね、それこそ何か不思議な力で綺麗にえぐり取られたっていう考え方が合っているかもしれないわね」
ルシルが理解してくれたことで、カインもアラク姐さんもおおよそ状況を把握してくれているようだ。
「のう、儂はどうしたらいいかのう」
ゆっくりと歩きながら付いてきたウィブは、ばつの悪そうにその大きな身体を縮こまらせていた。
「隠れる必要もあるまい。そうれ、その理由が向こうからやってきたみたいだぞ」
俺が指さすと、その先にはそれぞれ得意そうな武器を構えた連中が町の門の前で集まっているのが見える。
「たとえドラゴンと言っても、俺たち冒険者ギルドがいる限りホーツクの町は好きにさせねえぞ!」
やたらと威勢ばかりがいい連中が雄叫びを上げた。
「俺たちに戦う意思はない。この状況を解決させたいだけだ」
俺は両手を挙げて敵意の無い事を示す。
「侵略者め! お前の言う事など信用できるか! ここは俺たちの町だぞ!」
一度は引っ込んだジャガードが再び俺たちの前に現れた。
「おいサトシ! 俺は前々からお前みたいな頭でっかちの小僧が憎たらしかったんだ! 職人ギルドなら武器や道具でも作っていりゃあいいんだ。それを冒険者ギルドにたてつこうっていうのは感心しねえなあ!」
ジャガードはいやらしく舌なめずりをして片手斧を構えたり持ち替えたりしている。
「さあ、よそ者は帰ってもらおうか」