川上り前夜
俺たちは商人ギルドの部屋を宿代わりに借りた。
厩も借りたので荷馬車はそこに置かせてもらっている。商人ギルドの敷地内であれば警備の者が巡回をしてくれるので不安も少ない。
「お風呂借りたわー、ってカイン! なんであんたゼロの膝でゴロゴロしてんのよ!」
ルシルが戻ってくるなり俺のところに擦り寄るカインに文句を言う。カインは月明かりで猫耳娘の姿になっている。
「にゃー、ここが一番座り心地いいんだにゃー」
「もぅゼロもなんか言ってやってよ!」
「ま、まあいいじゃないか」
もふもふの魅力には逆らえない。足が痺れて感覚が無いがもふもふの対価とすれば安いものだ。
「カインー、はーなーれーなーさーいっ!」
「いやにゃー!」
カインが俺にしがみつく。もふもふに加えて女の子の身体らしい柔らかな感触。風呂上がりの猫のような匂いが俺を刺激する。
「尊い……あぁ……」
シルヴィアは相変わらずだな。ずっと鼻を押さえている。
そこへ唐突にセシリアがやってきた。
「勇者ゼロ、邪魔をするぞ」
「あ、ああ。すまないな少しばたばたして」
「いや構わんぞ。ど、どうやらお楽しみだったようだからな」
なぜそういう捉え方をする……。
「それよりも悪党どもを倒した英雄に対して失礼に当たらないかと心配でな」
「失礼なんてことはないさ。宿を取る手配をしなくて済んだし十分助かっているよ」
「ギルドの一室ではなく俺の家に招きたいところだったのだが」
なぜかここでセシリアが居心地悪そうにもじもじする。
「な、なんなら父上に会ってもらってだな、お、お、お、俺の部屋を使ってくれてもよかったのだぞ」
「だめだめだめーっ! ゼロは明日大事な旅に出発するんだから、余計な事しちゃだめー!」
躍起になってルシルがセシリアを止める。
俺としては皆と一緒の方が何かと助かるからな、このままで十分だ。
「そこまで気を使わなくて大丈夫だぞ。それでセシリア、何か用が?」
「ああすまない。明日の舟の準備ができたのでな、その事を伝えようと思ってここに来たのだよ」
「舟か」
「どうした、舟は苦手か? 城塞都市ガレイは川の町だ。船上で具合が悪くなっても俺がいるから安心していいぞ!」
セシリアは精一杯胸を張る。
「そうか、それは頼もしいな。俺も外洋には出た事があるんだが川は初めてでね」
「そ、そうかそうか、それは不慣れだろう。うむ仕方がないな俺が面倒を見てやる」
ルシルが俺の膝に座ってセシリアを見る。あぐらをかいた俺の右足にルシル、左足にカインが座っている状態だ。もう足の感覚はとっくの昔に無くなっている。
「ねえセシリアも一緒に行くの? 私とゼロだけだと思ってた」
「ルシルは舟の操縦できるのか?」
「さあ、やった事ないから」
「なら船頭さんに頼むとしようか。というわけで頼むな」
「あ、ああ。もちろんだとも。小舟だが大船に乗ったつもりでいてくれて構わんぞ」
そこで俺は疑問に思っていたことを聞いてみた。
「目的地はアボラ川の上流にあるって話だが、それだと俺たちの本拠地の近くを通るのではないか?」
「ああそこなのだが、ガレイにはアボラ川の支流が集まっているのだよ。勇者ゼロたちの本拠地とやらは東の支流だと思うが、問題になっているのは三つの支流うち中央の北から流れ込む川なのだ」
確かに町に入る前に支流がある様子は見ていたが、そういう事だったか。
「それではもういいかな、俺はこれからまだやる事があるので」
そう言ってセシリアは部屋を出て行こうとする。
「ありがとう。そういえばセシリアは今男装じゃないのか。うん、その服も似合っているな。女の子らしくていいよ」
「ほひゃっ!」
セシリアが変な叫びを上げて顔を真っ赤にする。
「なんだ顔が赤いな、湯気が出そうだぞ。明日は早いから今日は無理しないで早く休めよ」
「う、うるひゃい! だいじょぶだ、じゃあお前たちも早く寝ろよなっ!」
言うだけ言ってセシリアは出て行ってしまった。
「なんだか騒がしい奴だ……ん?」
やけに皆の視線が痛い。俺も早く寝るとしよう。