欠けた大地
俺たちの目の前には大きく、そして半球の形にえぐられた大地だった。
「前に聴いていた報告の通り、縁はちっとも盛り上がっていないな。それどころか鋭利な刃物で切り裂いたように綺麗な切り口になっている……」
「そうね、前にゼロが大穴を開けた時とは違うわ」
ルシルは冷静に分析する。
「あの時は周りもぼろぼろだったものね」
「まあ確かにな」
俺はワイバーンの背中から呼びかける。
「ウィブ、縁の所に降りてもらえないか」
「よいのかのう」
「ああ頼む」
「承知した」
簡単なやりとりでウィブは俺の望み通り陥没した大地の縁へと降りてくれた。
「気をつけてねゼロ」
「大丈夫、任せろ」
俺はウィブの背から飛び降りると、地面に手を当てる。
「これは……確かに大地が消えた、という表現が合っているかもしれない。地面は焼けたり溶けたりしていない。普段通りあるがままの土があって、木の根もある。それが同じような斜面で消え去っている。まるで空間そのものが消失してしまったかのように……」
自分で口にした内容に戦慄を覚えた。
消失してしまった、だと。
「あれ、なんで俺はそんな事を口にしたんだ……。判らん、何だこれは……おわっと!」
俺は縁から足を踏み外してお椀状の坂道を滑り降りる。
「おっととと……」
「ゼロ!」
上の方からルシルの声が聞こえた。
「大丈夫だ! このまま下へ行ってみる!」
俺はバランスを取りながら叫んだ。
視線は滑り降りる急斜面を捉えている。両手を広げて転がらないようにして、かかとを軸にそのまま滑っていく。
「とっかかりもなければつかむところもない。転んだらそのまま下まで転がり落ちてしまうだろう」
つぶやきながらも慎重にかかとを滑らせる。
滑っていくうちに確度が緩くなり、それに合わせて速度も落ちてきた。
「とっととと……」
俺は坂を利用して走る事にする。これくらいであればいつでも止まれそうだ。
「ほう……土の下はこうなっていたのか」
少し余裕が出てきたからか、坂を下りながらも周りを見る事ができた。そこには様々な色の土や石が何枚も層になって縞模様を作っている。
「縞の色で硬いところや柔らかいところがあるな。ふむ、面白い」
俺は走りながらも状況を楽しめるようにもなった。
「この硬いところは何かに使えるかもしれない。柔らかいところは掘りやすそうだ。そのせいか柔らかいところは石や何かの骨みたいな物も埋まっているみたいだな……。これは興味深い」
そろそろ地面が平らになってきた感じする。
俺は走るのをやめて周りを見回す。俺を中心にしてぐるりと一周、切り立った崖になっていた。
ただ、一番底の部分は水が溜まり始めていて、どこからか湧き出したのか周りからも染み出た水が流れ込んでいるのが見える。
「あの半球部分を降り立ったという事だな。かなりの距離と高さだったが、これだけの物が消え去っているとなると、いったい……」
中央部分の水たまりはそれなりの深さがありそうだ。
水の溜まる時間がどれ程かは判らないが、この土地がえぐれてからそれなりに時間がかかっているようにも思える。
「ゼロ~、大丈夫~?」
「ゼロ様~」
ルシルやカインの声がずっと上の方から聞こえた。
ウィブに乗ってそのまま降りてくれればこのくぼみからも抜け出せるだろう。
この坂を登るよりは断然楽だ。
「大丈夫だ、こっちまで降りられる……か……」
そう叫んで俺は頭がクラクラする感覚に気が付く。
「なん……だ、息が……」
頭のクラクラが全身に移っていったのか、力が入らずに痺れるような感じがした。
「あ……ルシル……駄目、だ……来て、は……」
俺は精一杯叫んだつもりだったが声がまったく出ない。
ルシルたちが急降下をして俺の所へと近付いてくる。
「だめ……だ……」
俺の意識が朦朧とする。