北へ
国内は平穏な毎日を繰り返していた。
ただ、生活のレベルや範囲を広げるという事はそれだけで大変なものである。
「ゼロ、戦がなくなったって言っても忙しさは変わらなかったね」
俺たちはワイバーンのウィブに乗って空を飛んでいた。
北にあるホーツクの町が消えたと聞いて、その町があった場所へと向かっているのだ。
「そうだなー。森を切り拓いて畑を作り、農作物を育てる。去年ようやく食料の生産も軌道に乗って来はじめたんだ。それまでは食べる物も少なくて冬をどう越したらいいか悩んでいたからな」
「泥人形の定期的な供給ができたのはよかったね」
「そうだな」
俺たちの眼下には畑が広がっている。既に収穫を終えた畑と、冬野菜を作っている畑が続いていた。
町の人々に紛れて泥人形も何体か見える。
「単純作業でも力仕事なら泥人形がうってつけだ。まあ魔力はかなり消費するが、それも学術都市との連携で魔晶石が効果的に供給されているらしいじゃないか」
「うん。学術都市の生徒が作る魔晶石は専門職の物よりは質が落ちるけど、それでもこうやって地方の泥人形を動かす力だったら十分使えるし、何よりも安価で済むからね」
「しかもその売り上げがまた学術都市の拡充に使えるのか。そうしてくれる事で国庫も負担が減るし生徒も貴族の子供たちだけではなく広く門戸を開いているようだな」
「そうだね、中には結構能力の高い錬金術師も排出しているみたいよ」
「ほう、これからが楽しみだな」
俺はそう言いながらも厳しい視線を前方へ向けた。
「だからこそ、この世界を消滅させてはならないんだ。未来のある俺たちの国を、なかった事にさせないためにも」
「うん」
ルシルが俺の背中にしがみつく。
柔らかさが俺に伝わってくる。俺の温度変化無効スキルがなければきっと温かさも感じられた事だろう。
「あー、はい。ご馳走様です」
「まったくだねえ。もう好きにやってろって感じ」
俺たちと一緒にウィブに乗っているのはカインとアラク姐さんだ。
カインは身体変化前の姿、本来の男の子の身体になっている。
「あー、ごほん。カイン、本当に大丈夫なのか?」
「はい、お姉ちゃんにもちゃんと判ってもらっていますから」
カインは昔と違って少年の姿でも自分を強く持つようになった。
おどおどと姉であるシルヴィアの影に隠れているような守られるだけの少年ではない。商売の知識も経験も大人顔負けの成果を出している。これは姉の影響だけではなくカイン自身の才覚によるものだろう。
今では自分の意思で身体変化をかける事ができる。猫耳娘の姿になると商人というよりは女戦士に近い。飛び抜けた瞬発力としなやかな身のこなしは狩りでも十分役に立ってくれる。
「ゼロ、シルヴィアから怒られないようにしないとね」
「どういう事だ?」
「う~ん無事に帰す、っていう事かな」
ルシルは意味深な笑みを浮かべ、アラク姐さんはこれまた意味ありげな笑い声を上げた。
「お楽しみの所なんだがのう」
のんびりとした口調でウィブが首を巡らせて俺たちの方を見る。
「あれじゃあないかのう」
促されるように見た先は、俺の想像とはかけ離れた物だった。