立ち向かう未来
世界の再編、それが今一番行わなければならない事だ。
各国の首脳が集まっているという訳ではないが、この限られた面々で国々をどうまとめようか議論している。
「その後この話し合いが、尖塔会議とか呼ばれたりするのかね」
「どうかな」
俺の冗談にルシルが笑う。
「歴史が残っていれば、ね」
「まあな。三年後の事はどうなるか俺にも予想が付かない。ただ俺たちが互いにいがみ合う事さえなければ無用な争いは生じない」
「国力の増強に注力できるって事ね」
「そうだ、技術の向上、生産力上昇、そして経済の発展。戦いに疲弊した国々が力を盛り返すんだ」
俺たちはこれからの国のあり方を模索する。
トリンプが発言を求めてきた。
「ゼロ殿、神の……星見の予言は国民にどう伝えようか」
「俺は知らせてしまっていいと思っている」
ルシルは足を崩して座り直し、俺の方へ寄りかかる。
「それでいいのゼロ?」
「かえって不安を煽って混乱を招くだけだと、そう言いたいのだろう」
「そうね、少人数の町や村ならともかく、これだけ大きな規模の国家ともなると正しく意図が伝わらないなんてありそうでしょ」
「確かにな。だが嘘を言う訳にも行かないだろう」
「ゼロ殿、朕が思うにだな……」
トリンプが説明を引き継ぐ。
「民草は国家のありようなどは気にしないものだ。余計な混乱を起こさぬためにもここは秘匿しておいた方がよいのではないかと思うのだが」
「仮想敵を作って国力増強のために国民を動かす、だが三年後の神の話は控えるという事か。俺は混乱をしても構わないから真実を伝えたい」
「暴動が起きたり自暴自棄になって逆に足を引っ張る事になりはしないだろうか」
「俺は方針を国民に委ねたい訳ではない。だが真実を隠匿してまで嘘でどうこうできるなどとは思っていない……俺が必要だと思うのはそれを伝えた上での安心感。不安を取り除き希望が見えるようになる事ではないだろうか」
会場が静かになる。
俺が一つ咳払いをしただけで、他の音は一切聞こえない。まるで世の中が全て止まってしまったかのような静寂。
「戦力を整えるにはそれを維持する国力が必要だ。国に体力がなければ軍を維持できない、そこはいいな」
「それは朕も理解している」
「ならどう国力を増強させるか。神の事を聞いてそれでも働いてくれるかだが」
「どうするの?」
「それは俺がどうにかする」
「無策、という事ではなくて?」
「ああ、俺が神と対峙する。だから軍備も基本的に防衛のためと考えて欲しいし、国民を守るための戦力だと考えてもらえればいい。攻撃は俺が一手に引き受ける」
トリンプは身を乗り出して聞いてきた。
「敵が点ではなく面で攻めてきたらどうだ、ゼロ殿だけでは対応しきれまい」
「その時は一緒に世界と滅んでもらうしかないかもしれないよな」
「え、ゼロ……」
「と言うのは冗談で、そうならないための準備をこの三年でこなそうと思うのだが」
俺は懐から魔晶石を取り出す。
「人の命を使う魔血石とは違って早くはないがな、魔力は吸収できる」
「魔晶石なんてどうするのよゼロ」
「遠隔でも俺のスキルが展開できるように、考えてみようと思っている。そうだなピカトリス」
俺に話を振られて戸惑うかと思ったが、それも予想の範囲だったか。
ピカトリスはごくごく自然な受け答えをする。
「そうね、考えはできているわ。後は実戦かしらね」
「いくつか対抗できる案を考えておく。希望があり、自分たちに責任を押しつけられなければ、国民としても少しは安心できるだろう。そしてこの触れは思念伝達を使って広範囲に展開していく。帝国内でも思念伝達を使える奴は数名確保してくれ」
トリンプは早速にも国内の指揮官へ連絡を取ろうと、停戦を呼びかけているブラックドラゴンの凱王を呼び戻した。
凱王は思念伝達が使える魔道士を数人背中に乗せて帰ってくる。
「よく戻ったな凱王」
「はっ、連絡役はこの者たちに任せます」
トリンプはその報告を受けていくつかの指示を魔道士たちに伝えた。
「ねえゼロ」
「なんだよ」
ルシルはテキパキと指示を出しているトリンプを見て俺の耳元でささやく。
「こうして見るとトリンプはやっぱり皇帝なんだね。動きも的確で、様になってる」
「そうだな。あの記憶が封印されていた頃のトリンプは、身体は大人でも知能が子供並みに思えたからな」
「身体は大人って、ゼロはトリンプの身体のどこを知っているというのかなあ?」
「ふふっ、そう意地悪を言うなよ。お、一区切り付いたようだぞ」
トリンプは凱王や魔道士たちに指示を飛ばし終えると、また俺たちの所に戻ってきてそのまま床に座り込む。
「さてと、次に復興処理についてなんだが……ん? どうした」
「なんだかトリンプが別人みたいになっちゃったと思ってね」
ルシルは思った事をそのまま口にする。
「それは致し方ない事であろうな。朕としても別人格のようにも感じるぞ」
「そうだよね。なんだか私たちの知っているトリンプじゃないから」
「ふむ、なんだか済まんな」
「別にトリンプが謝る事じゃないから」
ルシルは頭を下げようとするトリンプを慌てて制した。
「確かに今のトリンプを見ると、理解力も判断もかなりのものがあると感じるよ」
「ゼロ殿まで、そんな……なんだか照れてしまうな」
「神がトリンプの記憶を封じるというのも、敵としてもトリンプの能力を削ろうとするのは当然なのかもしれない。命を奪われなかっただけでもよかったのだろうな」
「ゼロ殿……だが、ゼロ殿たちのお陰でこうして無事に皇帝として国を守る事ができる。感謝しておるよ」
トリンプは膝立ちになって俺の所へ近付いてくると、ゆっくりと俺に抱きついた。
「礼を言っても言いきれぬが、朕の感謝の気持ち、きっとあの頃の朕であればこうしていたであろう」
「あ、トリンプ……」
トリンプの大人びた身体、それでいてどこか子供っぽさを残す甘い香り。
「おい、どうしたんだよトリンプ」
トリンプは俺にしがみついたまま、肩を震わせていた。
「判らぬ。朕にも判らぬのだが、なぜか涙が出て止まらん……だが、こうしていると不思議と安心するのだ」
トリンプは鼻をすすりながら涙声で俺に話しかける。
俺は小さい子供をあやすように、トリンプの頭をなでてやった。
「あ……」
トリンプは目を閉じながら俺にもたれかかる。
「トリンプ、お前がそれで落ち着くならいつでもなでてやるからな」
「うん……。ねえ」
「なんだ?」
「ありがとうね、ゼロしゃん……」
トリンプの目から大粒の涙がこぼれた。