為政者としての役割
世界があと三年で終わる。
トリンプの言葉は冗談では済まされない内容だったが、本人は何もふざけていなかった。
「星見の予言とはそこまで信じられるものなのか?」
俺がトリンプへ問いかける。その間、大きく空いた壁からブラックドラゴンの身体が外へ出て行った。国民へ停戦の触れを出すためだ。
「星見の予言……それは信じてもらうしか、ない……」
トリンプは凱王を見送ると、その目にはうっすらと涙が溜まっていた。
「ん、まあなんだ。俺たちにとって戦がなくなるという事は歓迎すべきものだ。それが成されるのであれば不確実な事であってもそれがお前たちトライアンフ第八帝国で信じられているものであれば、俺たちはそれを利用してもいいだろう」
「ゼロは信じてないの?」
「信じる信じないはその人それぞれで判断すればいい。結果として都合のいい事であれば俺はそれを生かしたいだけだ。だが……」
俺はトリンプの中に感じたこの世のものとは思えない力の存在に気付いてしまった。
「トリンプの記憶を封印していたあの力、能力なのだろうか。あれが意図したものだとすればそれはかなり問題だ」
「そうだね」
「ああ、俺たちの誰にも為しえない力が作用していた事になる。その可能性を否定できない限りはその星見の予言もまた可能性のある未来だ。起こらない事を願うよりは起こるかもしれない事に対して準備はしておきたい」
「判ったわ。私もその意見には賛成」
ルシルはそれだけ言うとその場に座り込んだ。
「そうだな、立っているのも何だな」
俺はルシルの横に座る。
それを合図にしたかのように、他の者も各自適当な場所に座った。
「トリンプは玉座を使わないのか?」
「朕はよい。ここは凱国であってトライアンフ第八帝国の宮殿ではないからな」
トリンプの言葉に凱王がいたらきっと反応していただろう。
「皇帝か国王かなんてどうでもいいけどな、だが凱王が座るにしてもどうせブラックドラゴンの身体じゃあこの椅子には座れないだろう?」
俺が茶化すと周りから失笑が出る。
「ははっ、まあよい。朕があの椅子に座らないのには他にも理由がある。今はそなたらと同じ立場で話をしたいのでな、同じ高さで座りたかったのだ」
トリンプは少し気恥ずかしそうに肩をすくめた。
「ねえゼロ君」
「なんだよピカトリス」
「あの子、地位と立場の使い分けしっかりできているのね。若いのにたいしたものだわ」
「封印されていた記憶には帝王学も含まれていたのだろうよ」
ピカトリスが鼻で笑う。
「ゼロ君にはもっと為政者として勉強してもらわないとね」
「よせよ、俺は戦いのためスキルの事もあって便宜上国王をやっているだけだ。政治の事は俺よりももっとうまくできるやつがやればいい」
「どうして? 利益を上げればそれだけ豊かになるし、豊かになれば贅沢もできるのよ?」
「贅沢……か。所詮贅沢なんて言うものは他人に頼らなければならないものだろう。自分でどうにかできる範囲の事で満足していれば他者への依存なんてなくともどうにかなる」
ピカトリスは呆れたような顔を俺に向けた。
「無欲というか何というか、そう言う所は王様っぽくないのよね」
「そっちの方が気が楽でいい。国民を食べさせていかなくてはならないなんて重責、俺には大きすぎるさ」
「そうかしら」
「そうさ。だからその世界の終焉とやらが来ないように、来ても対処できるように、そこまでが俺の役目だと思っている」
ルシルが座りながら俺の腕に絡みついてくる。
「そっちの方がよっぽど重責だと思うけどな」
俺はルシルの穏やかな表情の中に、わがままを許してくれる母親のような雰囲気を感じた。