無条件降伏
玉座の後ろから出てきた男は、ゆっくりと俺たちの方へと歩いてくる。
「ピカトリス、来ていたのか」
「ゼロ君ごめんなさいねコームの町は。あたしやベルゼルちゃんでも守りきれなくて……」
「主要な面々に被害がなかったらしいが、その辺りはうまくやってくれたようだな」
「シルヴィアちゃんたちも別の所で避難しているわ」
女言葉で話すこの男は、以前俺と一緒に旅をしていた事もある奴で先日もコームの町を任せた所だったが、どうにか逃げ延びていたらしい。
「捕まらなかったからどこかで息を潜めていたのかと思ったが」
「こんな所にまで来ちゃったわ」
ピカトリスは腕を組みながら近付く。
そこへブラックドラゴンに乗り移った凱王が唸り声で反応した。
「勇者くん、この男……いや女? ううむ、男か? こいつは……いたた……」
「凱王、こうなっては仕方がないな。あまり無理をするな、後で傷を見てやるから今は大人しく自分の回復力を高めていろ」
「ぐ、ぐむむ……」
凱王は静かになって傷の痛みに耐える。俺が腹をえぐった状態でブラックドラゴンの魂が消えてしまうくらい、簡単に言えば致命傷な訳だから、痛みは尋常じゃないはずだ。
そこへ記憶の封印が解けたトリンプが重ねて質問する。
「朕は記憶を封じられていた頃の記憶を持ち合わせてはいるが、今一度説明を請うぞゼロ殿」
「ああ、こいつは人革の魔導書を持つ男、ピカトリスだ。高レベルの錬金術師であり死霊魔術師でもある」
ピカトリスは小首をかしげながらも笑みを浮かべながらトリンプを見た。
「どうやら記憶も戻ったみたいね。改めまして皇帝陛下、あたしはピカトリスよ。ゼロ君の事はまだ毛も生えていない頃から知っているわ」
「余計な事までうるさいぞ」
「それだけ古い縁というのにつれないわぁ」
「こらっ、しなを作って腰を押しつけるな!」
俺はピカトリスの頭を小突くとピカトリスが痛くもないのに泣きそうな顔をしてうずくまる。
「それよりもピカトリス、神って何だよ! 俺は聞いてないぞ!」
「そりゃあそうよ、あたしも言ってないもん」
今度は力を入れてピカトリスの頭を殴った。
「いったぁ! 痛いわゼロ君……あんたそんな暴力的な子に育てたつもりはありません!」
「お前に育てられたつもりもねえよ!」
俺はもう一度殴りかかろうと腕を上げたが、ピカトリスは真面目な顔に立ち戻って俺の拳をつかむ。
「ゼロ君たちが辿り着く事は予想していたわ。だけどこんなに早くとはあたしも、あたしたちも考えていなかったの。だからごめんなさいね、準備ができたら説明するから」
「じゅ、準備ってどういう事だよ!」
「それは神々の都合でもあるのよゼロ君!」
ピカトリスは俺の目を見据えて語気を強めた。
「そんな都合……俺には関係ないだろう!」
「そうね、それはそうだわ。でもねこれは約束する。必ずゼロ君に説明するから。だから今は……」
俺が力を入れていない事を察知してピカトリスが俺の腕を放す。
「それよりもこの戦闘を終わらせて欲しいの」
「戦闘、か」
俺はトリンプの顔を見る。
トリンプは理解と覚悟を示し大きくうなずいた。
「凱王の行動もこの者の正義に従ったもの。責めはいずれ形とするがゼロ殿ここは一旦矛を収めてはくれまいか」
「凱王の、このドラゴンの身体の事を言っているのか?」
「ああ、頼みたい」
俺は大きく息を吸い込んで頭の中をすっきりとさせて思考にかかるもやを晴らそうとする。
「いいだろう。凱王……」
俺は凱王の身体に近付いて手を伸ばす。
「うっく」
凱王は大きなドラゴンの身体をくねらせて俺の手から逃れようとするが、深い傷が行動を制限して思い通りに動けない。
「な、なりません皇帝陛下……この凱王、このような身となりましても己の行った事に責任がございます……。ましてはこのような勇者などと称する者の手を借りるなど……」
「うるさいぞこの偽ドラゴンめ! Sランクスキル発動! 重篤治癒! とっとと癒やされてしまえ!」
「く、や、やめろぉ!」
俺の手から温かな光が凱王の入ったブラックドラゴンの身体に流れ込んでいく。
「う……屈辱だ……」
「そうだろうな、今まで命を懸けて戦っていた相手からの施しだ、心身共に刺さるものがあるだろう」
俺は治癒を終えると今一度トリンプに問いかける。
「これでいいのか」
「うむ。それでは凱王よ」
トリンプは凜とした雰囲気で凱王に命じた。
「これより凱国内、そしてトライアンフ第八帝国及び傘下の国々に伝達せよ。大陸間の戦いはこれにて終了とせよ。我がトライアンフ第八帝国は、国の総力を挙げて勇者王ゼロ・レイヌールに力を貸し、軍の全権を勇者ゼロに委ねると!」
「……はっ」
俺はトリンプと凱王の姿を交互に見る。
「トリンプ、全軍を俺の指揮下に収めるなどそれでは無条件降伏にも近い措置ではないか。帝国は別段戦に負けた訳ではないだろう」
「いやゼロ殿、朕は元々神々からの責め苦にさいなまれている人民を救うために帝国を築いた。すれ違いはあったが人類全体の意思を統一させるための働きはできたと自負しておる」
「だったらそれは同盟でも共闘でもできる話……」
「それでは遅いのだよゼロ殿。朕が、そして凱王が急いておったのは星見の予言ではもう時間がないと知ったからなのだ」
「時間……何のだ」
トリンプは声を詰まらせて両手を握りしめた。
「皇帝陛下……」
凱王が動こうとするが、それをトリンプが左手で制する。
「よい、凱王。そなたの忠誠は嬉しく思う。だがこれは朕の役割であろう」
「……はっ、差し出がましい事を致しました」
「うむ」
トリンプは改めて息を整えた。
「世界の終焉があと三年なのだ」