魔力解放で器を満たす時
俺は精神を統一させる。
「SSSランクスキル発動……聖魔解放。たゆたう魔力よこの者の中に移れ……」
手の平をトリンプの額に当てて俺の魔力をトリンプに流し込むイメージを作った。
淡い光の流れが俺の身体からトリンプの頭に、そして全身に流れていく。
「くっ、ぐぅっ……」
トリンプというよりも凱王の思念体だろう。苦しそうにうめき声を上げるが身体を拘束しているから逃げる事も避ける事もできない。
「ルシル……」
「うん」
凱王の思念体がトリンプの首を動かそうとするがルシルが両手で挟み込むようにしてその頭を押さえる。
「く……このぼくが……凱王にまでなったこのぼくが……勇者と魔王の……協力するはずのない力で……」
俺は聖魔解放で魔力をトリンプに送り続けた。
トリンプの身体が俺の魔力で満たされる。
「う……うぅ……」
凱王とは違う声がトリンプの口から漏れた。
「ゼロ、もう少しだよ……。トリンプの記憶が」
「俺の魔力を押しつける事によって記憶を封印していた殻が破れるというのだな」
「そう、ゼロの力だからできる事。魔力を移す事は他の人にもできるかもしれないけれど、これだけの魔力、純粋な力を注ぎ込めるのはゼロしかいない。私は記憶の封印を解くようなスキルは持っていないから……」
確かにルシルは魔力を移す事ができるものの、魔術を使う力を移動させるに過ぎない。
聖魔解放は爆発的に魔力を解放するスキルだが、その力がトリンプの封印をも解く事になるのだろう。
「もちろんゼロにそれだけの魔力量があるから、なんだけどね。トリンプの中を魔力で満杯にして余計な封印が入る隙をなくす。そして記憶が戻ればトリンプの精神力もその分強くなる」
俺はルシルの言葉を聞きながら、更に魔力を集中させる。
「凱王の入り込んでいる余地は無くなるって事よ!」
「おう!」
トリンプは目を見開いて虚空を見つめていた。
うわごとのように何かを口にするが声なき声は言葉を成さない。判るとすれば凱王が苦しんでいるという事。
「さあトリンプの中から溢れ出てしまえ、凱王っ!」
俺の注入した魔力が激しい光の流れとなってトリンプの口からほとばしる。
「出ていけぇ!」
「ごああぁ!」
半透明な塊がトリンプの口から飛び出す。
「凱王の思念体、か」
一瞬俺は背筋が寒くなったが、ここはこらえた。
「よくも、よくもぉ!」
空間を震わせて叫び声のようなものを放つ凱王の意識。
トリンプの身体は力が抜けて静かに横たわる。
「トリンプ、大丈夫かトリンプ!」
俺は魔力の注入を止めてトリンプの意識が戻ってくるように心の余裕を作ってやった。
「大丈夫だよゼロ、トリンプはこれで記憶を……」
ルシルがトリンプの頭をなでながら優しい笑みを浮かべる。
「あ……」
トリンプが小さく声を出し、ゆっくりと目を開いた。
「朕は……」
「朕? ああ、そうか」
安心すると同時に一抹の寂しさが俺の心に生まれる。
「記憶が、戻ったのだなトリンプ」
「そなた……ゼロ、殿だな」
「記憶を封印されていた時の出来事も覚えているのか?」
そうであれば話は早い。
「あ、ああ。朕はそなたらの事も覚えておる。朕が朕でない時の事をな」
トリンプは身体を起こそうとするが上手く行かない様子だった。
「まだ力の入れ方が、身体に馴染んでいないようだな……」
「急な事だからあまり無理はするな」
俺はトリンプの背中に手を回し、ゆっくりと上体を起こす。
「済まぬな」
「ああ、徐々にで構わないぞ。俺が手を貸そう」
「そうさせてもらおう。ちとゼロ殿の力を借りるぞ、ルシル殿」
「え、ああ。いいよ。今だけ好きに使ってくれていいよ」
「ははっ」
ルシルのはにかんだ顔を見てトリンプが小さく笑った。
「今だけぞ、今だけ……」
そう言いながらトリンプは俺の補助を使って立ち上がる。
その時、俺たちの背後から地響きのような唸り声が聞こえた。
「そうは……させんぞ……」
俺たちに緊張が走る。