伯爵令嬢セシリア
モンデールの呼吸がゆっくり落ち着いたものになった。肌掛け代わりの清潔な布が、呼吸に合わせて規則的に上下する。荷馬車の荷台で横になっているモンデールをルシルが観てくれていた。
「ルシル、シルヴィアの服を借りた。これを着させてあげてくれ。流石に俺ではこいつも嫌がるだろう」
「うん、やっておく。傷はもう大丈夫みたいね」
「そうだな、俺の回復魔法でどうにか間に合ってくれたらいいのだが」
「そうだね。じゃあ着替えさせるから」
「頼んだ」
俺は後をルシルに任せ荷台から降りる。そこには心配そうにしているシルヴィアとカインがいた。
「ゼロさん、モンデール様はどうですか」
「傷は残るだろうが一命はとりとめた。状態が落ち着いたらギルドまで移送しよう」
「今日はお店を閉めましたので、すぐにでもお送りできますわ」
「ありがとう、助かるよ」
シルヴィアが荷馬車の用意をして、屋台の後片付けは俺とカインで行う。
「ルシル、モンデの容体はどうだ」
荷台から俺たちの様子を見にきたルシルに問いかける。
「今は落ち着いているよ。一応きちんと診療所とかで診てもらった方がいいからね」
「そうだな。こちらも支度ができたら行こう」
こうして俺たちの商売一日目が幕を閉じた。
商人ギルドへ到着すると、ギルドの連中が何人か外で俺たちを待っていた。
「セシリア様はどちらにいらっしゃいますか」
「セシリア? 誰だそいつは。俺たちが連れてきたのは副ギルド長のモンデナイって奴だが」
「モンデナイ? そんな方はギルドに所属していませんが……」
困惑するギルドメンバーたち。そこへシルヴィアが助け舟を出す。
「ゼロさん、副ギルド長はモンデール様ですよ」
「ああそれだそれ。確かそんな名前だった」
俺の言葉にギルドメンバーたちがどよめいた。
「そのお方こそ、我が商人ギルドの副ギルド長にして、モンデール伯爵のご令嬢、セシリア・モンデール様ですぞ」
「へぇ、って、セシリアって名前なのか、あの揉み子!」
俺の後ろから声がした。
「失敬だぞ、勇者ゼロ……」
「セシリア様!」
急に現れたモンデールにギルドメンバーたちも驚いた。
「もう立って大丈夫なのか、揉み子よ」
「揉み子言うなっ、あいたたた……。どうやら俺の婿になる男は命を救った女の名前もまともに覚えられないらしい」
「へっ、婿になる……って、え?」
「ゼロ! どういうことよそれっ!」
「そんなこと俺に聴かれても知らんぞ、知らん!」
モンデールが俺のそばに寄ってきて耳打ちする。
「モンデール家の娘は家の者以外で初めて裸体を見た異性を夫とする習わしでね」
そして俺から離れて高らかに宣言する。
「だからこれは決まった事、ありがたく思うのだな婿殿」
拗ねたような、だがどこか楽しげにモンデール、いや、セシリアが笑っていた。