イモ餅
街の中、というか繁華街に出る。
街を囲う広い壁を通過して目抜き通りを過ぎると、宿や店が建ち並ぶ大きな区画になっていた。
「これだけ店があるという事は、流通もしているだろうし消費する人数も多いという事だろうな」
俺の言葉にルシルも同意する。
「国の規模が私たちのとは全然違うみたい」
すれ違う人々も活気があって、それでいて人数も多い。
俺たちが避けないとぶつかってしまいそうな程の混み具合だ。
「今日は市が立っているのかな」
「凄い人だかりだもんね」
トリンプは王宮にいるのだろうか。トリンプの身体を乗っ取った凱王が、だが。
「ええっ!」
突然アラク姐さんがびっくりした声を上げる。
その驚きように俺たちもびっくりした。
「どうしたアラク姐さん」
「ゼロちゃん、この街毎日こんな感じなんだって! お店も毎日やっているんだって!」
「ま、まあ蜘蛛の生活を送っていたら街が珍しいっていうのも……え、毎日!? この騒ぎが? てっきり何かの祭りでもあるのかと思っていたけど」
「ゼロ、恐ろしい国だよここは……」
「なっ!」
ルシルは両手いっぱいに食べ物を持っている。
簡易的な木の皿に乗っているのは溶いた麦の粉を焼いた物や、串に刺さった魚の塩焼き、それからこれも串に刺した腸詰め肉など、いくつもの食べ物を指に挟んだりして器用に持っていた。
「この粉焼き、中に肉とか野菜とか入っているし、この上にかかっている汁? タレ? しょっぱいのがまた丁度いいのよ」
口をもぐもぐさせながらルシルが力説する。
確かにあちらこちらから香ばしい匂いが立ち籠めていて、ここ数日まともな食事をしていなかった俺たちの胃を鳴らすのだった。
俺は近くの網焼き屋に寄ってみる。
「おじさん、それは何だい?」
大きな丸い塊が三つ、串に刺さって網の上で焼かれていた。
そこに甘辛い塩ダレをかけると、網から垂れた塩ダレがその下の炭に当たって弾ける。
ジュッと焼ける音と煙が立ち上り、香ばしい匂いを辺りに漂わせるのだった。
「いらっしゃい、これはイモで作った餅だよ。熱いうちに頬張ると、もちもちして口の中でほんのり甘さが広がるのさ。もちろん冷めても美味しいからね、持ち帰って家でゆっくりってのもまたいいもんだよ」
「そ、そうか……これはいい匂いがする……。美味そうだな」
「どうもお兄さん異国の人みたいだけど、凱国は初めてかい? 賑やかでびっくりしたろう!」
「そうだな毎日がお祭り騒ぎみたいで驚いているよ」
「お祭りなんて始まったら、こんなもんじゃないさ!」
店の親父は日に焼けた肌をくしゃくしゃにして笑う。
「凱国に来たんだったら初めまして祝いだ、一本というわけには行かないが、まだ串に刺していない一個なら、ちょっと炙って……と、ほれ! 食ってきなよ!」
親父は木のさじで器用にイモ餅を焼くと、俺によこした。
「いいのか?」
「いいっていいって。美味かったらいっぱい買ってくれよな!」
そう言うと親父はまた大声で笑う。
「じゃあお言葉に甘えて……おっと、ほむっ……ん!」
柔らかい餅に歯を立てて口の中に運ぶ。
噛んでいくと段々に餅がとろけていき、ふんわりと柔らかな甘みが口の中に広がった。
「ふむっ、美味い!」
俺の言葉を聞いて親父はにっこりと笑う。
普通に店先でこうやって食品が売られている。人々からも笑顔が見える。
「凱国……。いい国……なのか」
凱王のやり方は許せないしトリンプも取り戻さなくてはと思うが、市井の民を見ると国の善し悪しも見えるというものだ。
俺たちは戦利品を手に、せわしなく口を動かしながらこの国の状況を考える。
「美味い物が多いというのは……」
俺は口の中の塊を飲み込んだ。
そんな時、中央の通りから歓声が上がった。