通行手形
よくある光景だ。街道を行く人を襲うごろつき。勇者の頃から経験と賞金を得るためにかなりの数のごろつきを始末したものだった。
「そんなごろつきが俺に何の用だ?」
「だからい言っただろう、通行税だよ通行税! そっちのガキはまだだけどその姉ちゃんとかはすぐにでも稼げそうだからな、金目のもんを全て置いて女どももよこせば命だけは助けてやるぞ」
「そうか、誰も殺さないで済ませてくれるとは、ごろつきにしては度量が広いな」
「へへっ、そうだろう? だからとっとと財布でも積み荷でも、金になりそうなもんは置いてけ!」
ごろつきの中で大柄な奴が俺にすごんでくる。
「白昼堂々とやってくるんだ、きっと名のあるごろつきに違いない。どうだ?」
「おう? 俺様の名前が気になるってか!? 仕方がねえな、俺様はニオセンコン、この辺りを束ねる凱王様直属の百八星が一人よ!」
「おう、こんな所で凱王の百八とやらが出てくるとはな」
「おお? 百八星の事は乳飲み子でも知っているぜ!」
俺はニオなんちゃらに近付く。
「そういう事なら仕方がない。ちょっと待ってくれ、今通行税を払うからさ」
俺が懐に手を入れる。
「お、財布でも出そうという気になったか?」
「まあそんなところだ」
俺はニオなんちゃらの足を踏みつけた。
「いってぇ、何しやが!」
「通行税だよ、払ってやる」
俺はニオなんちゃらのつま先を踏みつけて相手を動けないようにする。
その状態で懐から短剣を取り出すと一気にニオなんちゃらの下顎へ突き刺す。
「はぶぐぅ!」
下顎を突き刺した短剣はそのままニオなんちゃらの脳天へと突き抜ける。
そのまま短剣を手前に引くと、そいつの顔が真ん中から裂けて倒れた。
「お前の命が地獄の通行税だよ」
俺は短剣を勢いよく振るうと、地面に血の跡が点々と付く。
「他にも税を徴収したい奴はいるか?」
俺が周りを見回すと、腰の退けた奴らが後ずさりを始める。
そんな奴らの背後にアラク姐さんが立っていた。
「折角なんだからさあ、遊んでいこうよ……」
「ひ、ひぃっ!」
怯える男の前でアラク姐さんがヘソを見せる。
「う、うひひ……」
男の視線がアラク姐さんの下腹部で止まった。
「ひ、ひやっ!」
その下腹部から白い糸が噴き出し男の身体をがんじがらめにしていく。
「さあ、死の口づけだよ」
アラク姐さんが男の肩に牙を立てて噛みつき、溶解液を流し込む。
男はしびれた様子で視線を宙に泳がせ、よだれを垂らしながら立ち尽くす。
「あは、あはは……」
力なく笑う男の顔がゆるみ、段々と崩れていく。
そのまま肉体が溶け始め、糸をまとった骨と溶けた肉の汁が地面に広がった。
「ちょっと溶かし過ぎちゃったかしら?」
口の端からこぼれる溶解液をぬぐいながらアラク姐さんが舌なめずりをする。
その頭には人間の二つの目以外に昆虫の眼が六つ、開いて見ていた。
「ば、化け物だ!」
「ひぃっ、逃げ……」
逃げようとした男たちの首が飛ぶ。
アガテーがどこからともなく現れてごろつきどもに剣の一閃を叩き込んだのだ。
「な、何だこいつら……!」
残る男は一人。
ルシルの所へ駆け寄ったかと思うと、ルシルの背後について首に腕を回す。
「このガキがどうなってもいいのか! 俺が安全なところへ行くまでお前らはこの場を動くなよ!」
男はルシルを人質に取って逃走を図る。
「判った、俺たちは動かない」
俺は短剣を放り投げて両手を上げる。
アラク姐さんは腕組みをして様子を見守っていた。
アガテーはまたどこかに消えてしまっている。
「いいか、お前らそこを動くなよ!」
「ねえ?」
「ああん、何だガキ! お前は大人し……」
男が返事をしようとした時、ルシルの手から電撃がほとばしった。
「あ……あか……」
男の頭が電撃で黒焦げになり、煙を吐いて空を見上げる。
男は膝からくずおれていくところでルシルが男の頭に手を添えた。
「私が人質にできる程弱いと思ったら大間違いだから」
もう一発ルシルの手が光ったかと思うと、男の首から上が爆発して飛び散る。
そんなルシルを見て俺はつぶやく。
「魔王だからな、これでも力を抑えているくらいだぞ」
もはやごろつきどもで俺の独り言を聞いている奴はいないが。
「ねえゼロちゃん、これ」
アラク姐さんが溶かした男の服から何かを持ってきた。
「これは……何かの証書、通行手形か?」
「人数分ありそうね」
「こいつらにはもう必要ない。俺たちが使ってやろう」
確かに。この通行手形があればこんな面倒な奴に絡まれる事もなくなりそうだ。
俺たちは襲ってきたごろつきどもを返り討ちにして、逆にごろつきどもが持っていた道具を利用する事にした。