凱国の中心地
砂漠を越えて空中戦をしのぎ、長い旅路のすえに俺たちは凱国の中央都市へと到着した。
「ほえぇ……」
「呆けた声を出すなよルシル」
「でもさゼロ、これ……凄いよね」
確かに凄い。何が凄いって、目の前に広がるのは高くそびえる塔。それも一つや二つではない。そこかしこに巨大な石造りの塔が立ち並んでいるのだ。
「その周りにも家やら店やらがたくさんあるのだから。規模の大きさには度肝を抜かれる。でもなあ、俺たちがここまで近付けるのはどうなんだろうか。もう少し警備なり警戒なりしていれば」
「平和ボケでもしているのかな」
「それは無いだろう。出兵だってしているし、今が戦時下という事は凱国の市民も理解しているはず」
街の中心へとつながる街道を歩く俺たちの後ろから、大きな音を立てて迫ってくる荷馬車があった。
「どきなどきな! ちんたら歩いてっとひき殺しちまうぞ!」
御者の男が物騒な事を叫びながら荷馬車を操る。
「なっ、この馬鹿野郎! アラク姐さんが大人しく……」
何かを言いかけようとしたアラク姐さんの口をふさぐ。
「むぐぅ」
「いいからここは退いてくれよアラク姐さん」
いつものようにアガテーには身を潜めてもらって街に潜伏するよう頼んでいる。
ウィブはあの巨体だ。それにブラックドラゴンの近くに寄ると力が出せなくなるから郊外で待機してもらっていた。
何かあった時にはルシルの思念伝達で読んでもらう事にしている。
アラク姐さんもドラゴンから受けた心の傷が癒えている訳ではないが、俺とルシルでフォローしながら街へ侵入する役目を手伝ってくれた。
「うわっ」
俺は背中をさすられる感覚に変な声を出してしまう。
「やめろよアラク姐さん」
アラク姐さんは俺の背中をなでる。
「だってさ、ゼロちゃん言い匂いするから」
「手で匂いが嗅げるからって、あまりなでないでくれよ!」
「え~、いいじゃないのよ、減るもんじゃないし」
「背筋がぞぞぞってするんだよ!」
俺が強めに嫌がると、渋々手をどけてくれる。
アラク姐さんは蜘蛛の能力を持っているから、指先で物の匂いを嗅ぐ事ができるのだ。
「だからって俺の匂いを嗅ぐ事もないだろうに……」
俺はつぶやきながらも荷馬車を避けるよう街道の脇へと移動した。
「ゼロ、アラク姐さんはドラゴンの恐怖を紛らわせるためにゼロの匂いを嗅いで落ち着こうとしているのかもしれないよ」
「いや待て、それはおかしいだろう。だったら俺はずっと鳥肌が立った状態で過ごすというのか!?」
「え~、アラク姐さんになでられるのがそんなに嫌~?」
「嫌とかそういう問題じゃなくてな、ぞわぞわするのは苦手なんだよ……ひぃっ!」
アラク姐さんが俺の首筋に息を吹きかけて、俺は変な声をまた出してしまう。
「言い声で鳴くじゃないのさぁゼロちゃん」
「アラク姐さん!」
俺が凄い剣幕で怒ると、アラク姐さんは小さく舌を出してウインクした。
「そんなかわいくしたって騙されないからな!」
「もう、アラク姐さんの事をかわいいだなんて、ゼロちゃんもかわいいよ~」
「ちっがーう!」
俺たちより少し離れた所でルシルがため息をついたのを俺は見逃さない。
だが俺の気になったのは。
「ぎゃっ!」
俺の投げた短剣がルシルの背後に立つ男の眉間に突き刺さる。
「おい、俺の連れに何をしようとしたんだ……」
俺は周りに集まってきたごろつきの連中をにらんだ。
「天下の往来でこんな日の高い時にチンピラが集団で寄ってくるっていうのは、凱国の治安もたいしたことないって感じか」
俺はルシルとは別の感情で呆れたようにため息をつく。
「ようこそ旅のお方。ありきたりで済まんが、通行税を払ってもらおうじゃないか」
ごろつきの中の比較的がたいの大きな奴が、手に持った棍棒を振りながら近付いてきた。
棍棒には釘が無数に突き刺さっている。
普通であれば、これで殴られたら痛いだろうな。