目にも留まらず真っ二つ
俺たちは凱国に向けて歩き始めた。ウィブとアラク姐さんも少し回復する兆しを見せたものの、無理をさせてはと思い空を飛ぶ事は控えている。
「コームの町も、東の俺たちの大陸も気になるところだが」
「凄い数の軍勢が押し寄せているって話だもんね」
「凱王のいう事を鵜呑みにすれば、だがな。それに連絡はつかないにしても、ベルゼルたちがそう簡単にやられるとも思えない。いや考えたくはない」
「そうだね……」
今回の凱王との戦いで俺もいろいろと知る事があった。
魔力吸収による魔術スキルの無効化。
「確かにスキル偏重の感じはあったな。元々勇者として戦っていた頃からだが」
俺は歩きながらルシルと話をする。
「攻撃系のスキルもそうだけど、治癒スキルが効果を発揮しないっていうのはかなり厳しいね」
「ああ。だがアラク姐さんの溶解液、あれは普通に考えれば消火液だが逆に効果を調整できれば傷をふさぐ事にも使えた」
「あのブラックドラゴンさえいなければ、ウィブもアラク姐さんも元に戻れるんだと思うけど」
「そうだな。まずはあの厄介なドラゴンか……。だがあの魔力吸収は凱王だけができる特別な技なのかもしれない。それ以外は……」
「ブラッシュの時の壁みたいな?」
「そうだ。もしかしたら凱王の爪も何かの補助的な道具が使われているのかもしれないが。魔血石のような」
「魔血石……」
瞬時に魔力を吸収してしまう石。魔族を溶かして結晶化させた非人道的な魔術道具だ。
「それを使われると放出系のスキルも難しいな。大軍を一気に殲滅というわけにはいかないだろう」
「敵の戦力もまだかなりのものだと思った方がいいから、凱国に行っても簡単に勝てるとは思えないという事かな?」
「どうだろうな、俺は勇者だ。少数精鋭で今まで戦ってきた。大軍が相手でもそれは変わらないさ」
俺は素振りをするように剣を抜き去って宙を斬る。
「ぐぎゃっ!」
一瞬空気が揺れたような、そんな錯覚が起きた。
俺が何気なく一閃したその場所に、そいつはいたのだ。
「よ、よくもやってくれたなぁ……」
突如現れて俺の目の前でうずくまる男。
俺が斬った傷口が腕に付いている。
「この俺様の隠密入影術を見破るとは……さすがは東の勇者だ……」
別に見破った訳ではないが。
「なんなんだお前は。返答次第では斬って捨てるぞ」
俺は剣を構え直してその切っ先をうずくまっている男へと向けた。
「俺様は凱王様直属の百八星が一人、ビヘイジョーゼン! お前を死への道先案内人としてれ……れれろ?」
ビヘイなんとかと言った奴の頭が縦に割れる。
「俺の前で長々とうるさいぞ。お前ごときの木っ端、凱王の手先である事さえ判ってしまえば生かしておく道理はない」
俺はビヘイなんとかがぐだぐだとしゃべっている間に斬りつけていたのだ。
目にも留まらない速さで。
「は、はぴゃぁ!」
ビヘイなんとかは真っ二つになりながら血と空気を吹き出しながら倒れた。
「ゼロ……」
「なんだルシル」
「こいつ、百八星とか言ったよ。こんなのがあと百七人もいるって事なのかな……」
「さあな。だがそれくらいならものの数でもないだろうさ」
「そうだけどさ……」
「何か気になるところでもあるのか?」
ルシルは小さく肩をすくめる。
「面倒だと思ってね」
俺はルシルの言葉に強く共感した。