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隙に潜り込む

 俺はとっさに腕を身体に寄せて凱王の爪から少しでも逃れようとする。


「この爪からは逃れられないねえ!」


 この攻撃は厄介な傷を負わせるのだ。魔力吸収の傷は、いかなる治癒スキルをもその効果を打ち消してしまう。

 凱王の爪が俺の腕に触れようとしたその瞬間だった。


「なにぃ!」


 凱王の腕がつり上げられる。


「なっ、何だこれは!」


 慌てる凱王。左手を高く掲げている状態で、少し足も浮かんでいるように見えた。


「ゼロちゃん!」

「アラク姐さんか!」


 上空で待機していたウィブの背に乗ったままだったアラク姐さんが糸を吐き出して凱王を吊っている。


「ウィブ、ドラゴンは大丈夫か!」

「あちらで嬢ちゃんたちが抑えてくれているからのう」


 ブラックドラゴンはルシルとトリンプの魔力攻撃にさらされ、隙を見せればアガテーが背後から鱗の隙間を狙って剣を突き立てられるのだ。

 見れば、身動きが取れないように身体のあちこちに糸が巻き付いている。


「もうブレスも吐く力が無いようだからのう。勇者が苦戦しているところを見かねてこの蜘蛛女が手助けしたいと」

「ちょっと蜘蛛女って何よ、この矮小なワイバーン風情が!」

「儂を侮るとここから落とすからのう!」

「やーってみなさいよドラゴンの出来損ない!」

「ぬぅぅ、言わせておけばこのアバズレ蜘蛛ぐもめっ!」


 ウィブはきりもみ状態で滑空し、振り落とされるようにしてアラク姐さんが落ちてきた。


「腕の拘束が緩めばこちらのものだねえ! 王技おうぎ滅魔匆爪めつまそうそうっ!」


 凱王の左腕が光り、爪が伸びたように錯覚させられる。

 その伸びた爪が俺の喉元に向かってきた。


「それしきっ!」


 体制が整っていれば苦し紛れに出した技など避けるのは簡単だ。

 俺はバックステップで爪の攻撃範囲から離れる。


「ぶぎゃっ!」


 凱王が大量の白い塊に飲み込まれた。


「なっ、何だこのネバネバは……!」


 凱王の身体はトリモチのような物体に包まれている。


「もしかして、アラク姐さん?」


 俺の言葉にアラク姐さんは恥ずかしそうにもじもじしていた。


「ちょっとまとめて出ちゃったから……」

「何が……いや聞くまい」

「てへっ」


 小さく舌を出してウインクをするアラク姐さん。


「でもまあお陰で凱王を捕らえる事ができたんだけど」

「勇者くん、これでぼくを捕まえたと思ってもらっては困るねえ」

「それってどういう……」

「ぼくは思念体を飛ばす事ができるんだよねえ」

「だから何だ。お前の思念が入るような人形は無いぞ!」

泥人形ゴーレムは無いけどねえ、人形ならいるんだよねえ。ほら……」


 凱王はドラゴンと戦っている連中を見る。


「まさか、やめろっ!」

「やめろと言われてやめる奴はいないねえ!」


 凱王が目を閉じると身体の力が抜けてその場にうずくまった。


「ルシルっ!」


 俺はあらん限りの声を絞ってルシルに呼びかける。


「そっちは終わったの!?」

「そうじゃない、そうじゃないんだ!」

「だったら何っ……きゃぁっ!」


 ルシルの目の前で何かが弾けて光を放った。


「大丈夫かルシル!」

「だ、大丈夫……だけど、何が起きたの……」


 ルシルは頭を抱えながら後ずさる。

 ドラゴンはかなり疲労しているようで、ルシルが後退してもそれに付け入る力が無い。


「何かが……入ってこようとしたんだけど……」


 ルシルがうなっている所で、凱王の身体が動き出す。


「ぶはっ、はぁっ、はぁ……」


 長い事息を止めていた時のように、凱王が大きく呼吸をする。


「あの身体、もう思念体が入っている……それに眠ってはいるがもう一人……」

「それは俺の妹、アリアの心だろう。星帝の時のように二人が意識を失っていたりでもしなければ、そう易々と三人目が入るなんて事はできないだろうな」

「そう……か、それでは仕方がないな」


 そう言うと、凱王は諦めたのかゆっくりと目を閉じた。

 いや、違う!


「ひゃうっ!」


 そう叫んだのはトリンプだ。


「トリンプ! 大丈夫か!」


 トリンプは力なくうなだれている。

 その顔がゆっくりと上を向く。

 俺を見下すような格好になって、その顔が醜く歪んだ。


「勇者くん、この身体はいいねえ……」

「凱王、てめぇ!」

「トリンプ様が記憶を失っていた事が好都合、それだけ心に隙間があったという事だねえ!」

「ヤロウ……」

「一度仕切り直しをしようかねえ!」


 トリンプの身体を乗っ取った凱王は、身軽な動きでドラゴンへ近付く。


「ニーズヘッグ! 退くぞっ!」


 トリンプの姿の凱王がブラックドラゴンに飛び乗る。

 辺りを震わせるドラゴンの咆哮。

 ドラゴンは傷を負った翼で無理矢理飛び立った。


「逃がすかっ! ウィブ、ウィブ!」

「す、すまぬ勇者よ、今の儂には……」

「どうしたウィブ!」


 ウィブは身体を震わせて小さくなっている。


「アラク姐さんも……これは……」

「心を押し潰す断末魔。死を覚悟したドラゴンがその最期の光を放つ時に放つ咆哮は、あらゆる獣に恐怖を与えるという。私もそこまでのランクに到達したドラゴンを初めて見たわ」


 ルシルが言うように、獣に近い者程その衝撃を強く受けたのだろう。


「くっ、あと少しというところだったのに……」

「ごめんゼロ、私たちが仕留められなかった」

「いや、手負いのドラゴンは生きるのに必死だ。俺の方こそ凱王を倒し損ねた。すまん……」


 俺はアラク姐さんのトリモチに捕まっている凱王の身体に蹴りを入れる。

 当然反応は無い。


「嘆いても仕方がない。ルシル、平静なる精神(クーリング・マインド)みたいな治癒スキルは持っていたか?」

「ううん、聖職者が使うようなスキルだから私には使えないの」

「そうだよな、勇者系の治癒スキルも精神系は覚えられないからな……。ウィブが落ち着くまで待つしかなさそうだ」

「すまんな勇者よ」

「そう気落ちするなよ。後でまた活躍してもらうからな」

「あ、ああ。だが儂はもうあのドラゴンとは戦えそうにないのう」


 ウィブは辛そうに答える。

 それだけ心に深い傷を負ったという事なのだろう。


「腐ってもドラゴン、だな」


 俺は一つ大きなため息をついた。

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