溶解液
俺は肩から噴き出す血と魔力を抑えようと手をあてがうが、それでも勢いよく漏れ出ていく。
凱王の繰り出した王技滅魔匆爪。恐ろしい技だ。
あの爪で切り裂かれたが最後、魔力吸収の力をこの身で体験する事になろうとは。
「くぅっ、だが俺の剣撃波も凱王に一撃を与えたはず……」
凱王の声は急激に離れていく。
「ゼロさん、相手のドラゴンは落下していっています。どうやら翼にかなりのダメージを負った様子」
「そうか……ありがとうアガテー……」
俺は苦しみながらも歯を噛みしめながらこらえる。力を込めれば少しは傷口が押さえられるような気がして。
「ゼロ……ああっ、どうしよう……SSSランクスキル蘇生治癒っ! 蘇生治癒っ!」
ルシルが治癒スキルを乱発するがそれでも俺の傷はふさがらない。
「いい、もういいルシル、ありがとう」
「でもゼロ……!」
俺は力なく、それでも剣を杖代わりにして立ち上がる。
「凱王が潰れてくれれば、もう俺たちの国に手出しはしてこないだろう……」
「そんな事を言っている場合じゃ!」
ルシルは自分の身体で俺の傷口をふさごうとした。
「ちょいとどきなさいな」
「なっ、アラクネ!」
アラク姐さんのことをアラクネと呼ぶくらい、ルシルには余裕がない。
ルシルを押しのけて俺の隣にアラク姐さんが来る。
「見たところ魔力を無効化するような……呪いにも似た技みたいね」
「そのようだな。俺にもどうしたらいいか……」
俺はそれでも立ったまま眼下のドラゴンを見据えた。
確かにもがきながらも落下していく姿が見える。
「我慢をおし」
「何を……」
アラク姐さんは俺の傷口に口を近付けた。
「むっ!」
俺の肩にアラク姐さんが噛みつく。
鋭い牙が俺に突き刺さった。
「な、何するのよアラクネ!」
「待て、待てルシル……」
「でも!」
俺は慌てるルシルを押しとどめる。
アラク姐さんは俺の肩に牙を突き立てながら器用に言葉を発した。
「アラク姐さんはね、口から溶解液を分泌するのさ。糸でぐるぐる巻きにした獲物を体内から溶かして、そのどろどろになった肉を吸い取るのさ」
「な、アラクネ! ゼロから離れなさい!」
アラク姐さんの背中から蜘蛛の脚が四本飛び出す。
脱皮したがこの脚が蜘蛛であるアラク姐さんの姿だ。
「その溶解液をアラク姐さんの体液と混ぜ合わせて効果を薄める……」
アラク姐さんは口から俺の血でもなく溶解液でもない物、青い液体が漏れて出た。
「アラク姐さん、それはあんたの血……」
「舌を噛みちぎれば……中和もできるだろう」
「何を言って……」
アラク姐さんの消化用溶解液が血と混ざり合ってその力を弱める。
その効力で俺の傷口の肉が溶け出す。
溶けた肉が結果として傷を覆う事になる。
「血が……魔力の放出が止まった……」
アラク姐さんが口を離すと、今まで噴き出し続けていた俺の血と魔力が自分の溶けた肉でふさがったのだ。
「後は……アラク姐さんの糸で」
俺は身体をアラク姐さんの吐き出した糸で包帯のように巻かれてしまう。
「だが、傷は止まった……」
「ゼロちゃん、これは最後の荒療治。普通なら治癒の力を使うんだよ」
「馬鹿っ、舌を切ったんだろう! 口から血が、青い血が出ているぞ!」
俺は急いでアラク姐さんに重篤治癒をかける。
「ははっ、すまないねえ。アラク姐さんもゼロちゃんに治してもらうなんてね」
「いいからっ、大人しく治癒にかかっとけ!」
「そんだけ元気が出ればもう大丈夫だね」
確かに、アラク姐さんが言う通り傷もふさがり魔力も使えるようになっていた。
「ちょいとアラク姐さんは疲れたからさ、ワイバーンの背中で休ませてもらうよ……」
そう言うとアラク姐さんはゆっくりと目を閉じる。
「アラク姐さん!」
「大丈夫だよゼロ、アラク姐さんは寝ているだけだから」
「そ、それならいいけど」
俺は気を取り直してウィブの首にもう一度またがった。
「いくぞウィブ、ドラゴンを仕留めるぞ!」