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砂の漏斗

「ゼロしゃん! 気が付いた!」


 冷たい石畳の上。毛布は敷いているが恐らく背中は冷たいのだろう。俺は温度変化無効のSSSランクスキルが常時発動しているから感じられないが。

 石で造った建物の中にいて、トリンプが駆け寄ってくる。


「ルシルしゃん、トリンプもゼロしゃんをももに乗せるー!」

「そんなにやりたいのなら譲ってあげるわ、ほら」


 ルシルが急に立ち上がると、当然膝枕をしていた俺の頭は床に打ち付けられる事になった。


「いったぁ……」

「ゼロしゃん、痛いの痛いの遺体になぁれ~!」

「遺体にしちゃ駄目だろ!」


 思わず頭をさすりながらトリンプに突っ込みを入れる。


「頭、トリンプのももに乗せる?」

「それを言うなら膝枕な」

「別にルシルしゃんの膝に乗ってなかったよ」

「一般的にそう言うんだよ」

「じゃあ、トリンプも膝枕するー!」


 トリンプは座って俺の事を待つ。


「ゼロ、膝枕してもらったら?」


 ルシルは冷ややかに俺を見つめる。


「い、いや、そのトリンプ、膝枕は町に戻ってから頼むから。今は……えっと」

「砂漠の中の神殿……いや、虫の巣だったところね。石造りだったからかしら、結構頑丈にできてたみたいで地上部分は残っていたわ」

「そうか、それは助かった」


 俺たちが話をしていると通路の奥に何かカサコソと動く影があった。


「まだいるのか!?」


 俺は腰に下げた剣に手を伸ばす。


「いいのよゼロ、あいつ……彼女? まああれはもう敵意を持っていないから」


 ルシルが言うように、俺の敵感知センスエネミーは発動していない。

 敵感知センスエネミーは俺に殺意を持った奴がいると耳の奥が痛くなるというスキルで、俺に敵意がなければ反応しない。

 お陰で偶然や事故は回避できないのだが、それはNランクのスキルだから仕方がないか。


「あいつって……まさか」

「出てきなさいよ」


 ルシルの声を聞いて暗がりから一人の女が現れる。

 ランタンの明かりに照らされてその姿が見えてきた。


「アラク姐さん?」


 その女は小さくうなずく。

 どこから調達したのか、一般市民が着るようなごく普通の服を着ている。


「そうか、何か違和感があると思ったら、脚か」

「う、うん……。背中にしまっているのだよ……」


 何かもじもじと身体を揺すりながら近付く。


「ゼロ、一応言っておくけど、この蜘蛛女……じゃなくてアラク姐さんってのが私たちを助けてくれた事になっているのね」

「事になっているってどういう事だよルシル」

「まあ結果として、よ」


 命を助けられたのだから仕方がないと思っているのかもしれないが、ルシルはアラク姐さんを認めているのかもしれない。


「ただまあ、ゼロを殺しかけたっていうのは行き過ぎたとは思うけどさ」

「キス好きだ!?」

「そんな事言ってない! いきすぎだ、って言ったの!」


 ルシルの言葉にアラク姐さんが過剰な反応を示す。


「でもよかった~。このアラク姐さん、間違ってゼロちゃんを首きゅ~ってしちゃったから、魂が身体からきゅ~ってしちゃったのかと思ったの」

「なんだお前、そんなしゃべり方をしたか?」

「ううん、アラク姐さんね、ゼロちゃんを糸で絡み取った時に糸から美味しい味、感じちゃったの」

「味!?」


 蜘蛛の中には脚で匂いを感じるとかいう話をどこかで聞いた気がするが、まさか蜘蛛の糸で味を感じるとは。それとも特殊な種族特有の能力だったりするのだろうか。


「それでねそれでね、アラク姐さんはゼロちゃんの味が……ううん、ゼロちゃんがお気に入りになっちゃったのだぞ」

「だぞ、ってそんな事言われてもだなあ……」


 アラク姐さんは俺の顔を指でなで回す。


「な、何を!」

「う~ん、いい匂い……」


 やっぱりこいつは指で匂いを感じられるのか!


「ちょっと止めなさいよアラク姐さん!」

「う~ん、残念だけど今は我慢しておくね」

「今はじゃなくてずっと我慢していなさい! ほら、ゼロもちゃんとする!」


 どうもアラク姐さんの毒素か何かなのか、触られている間ぼうっとしてしまう。完全毒耐性のスキルを持っているのに、だ。


「ゼロさん!」


 今ののんびりした空気とは真逆な緊張した声が奥から聞こえてきた。


「よかった、意識が戻ったんですね!」

「アガテーか、どうした」

「今すぐ逃げて下さい! ここはもうもちません!」

「もちませんっていったい……」

「いいから! 早く!」


 アガテーは俺の手を引いて石畳を走っていく。

 俺を追うようにして他の皆がついてきた。


「この石の建物が崩れるとか?」


 俺は走りながらアガテーに聞いてみる。


「崩れるとかいう段階は過ぎました!」

「あれ?」


 通路が登りになっていって、その傾斜がどんどん増していく。


「なあアガテー、この通路ってこんなに急勾配だったか?」

「通路が坂になっているんじゃなくて、建物自体が傾いているんです!」


 傾いている……?

 今はもうかなり急な坂道だ。前からは光と砂が入り込んでくる。


「うわっぷ、建物が傾くって、それは……」

「走って!」


 俺の質問には返事をしないでアガテーは建物の外に出た。


「もっと速く!」


 アガテーが手を差し伸べる。

 俺がその手をつかんで、後ろから来る連中も俺につかまった。そうでもしないと坂道を転がり落ちてしまいそうだったからだ。


「よし、皆出たな! って、うわっ!」


 建物が砂漠の砂にどんどん吸い込まれていく。


「ゼロさん、あれだけの穴でしたのでやはり地上にも影響が出てしまったようです」


 建物から出た俺たちはそこから離れようと急いで走る。

 砂に足を取られながらも必死に。


「うわぁ……」


 俺たちの後ろには蟻地獄の巣みたいなすり鉢状のくぼみができて、砂を吸い込んでいった。


「急げ、急がないと!」

「でも足が……砂……」


 息を切らせながら走る。

 それでもすり鉢の縁が近付いてきた。


「ああっ!」

「トリンプ!」


 トリンプが足をもつれさせて転んでしまう。

 すり鉢の中にトリンプが入ってしまい、砂に流されて落ちていく。


「ゼロ!」

「ルシル心配するな! アラク姐さん!」

「判ったよ!」


 アラク姐さんはお腹の下の方から糸を吐き出すと、俺に投げてよこした。

 ルシルとアガテーがアラク姐さんを支えている。


「待っていろよトリンプ!」


 俺は蜘蛛の糸を握りしめてすり鉢の中に飛び込んだ。

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