崩壊したら落ちてしまう
足下の床が崩れ落ちる。巨大な女王虫から噴き出した体液が地面を溶かしてしまったのだ。
この地下空間は何層にも重なる洞窟でできていた。
「この空間そのものが虫の巣だったという事だが」
「何落ち着いてんのよ!」
「ルシル、そう耳元でわめくなよ」
俺は気を失っているアガテーを右肩に担ぎ、左脇にはトリンプを抱えている。
そして正面はルシルを抱きかかえている状態で、天井からぶら下がっている蜘蛛の巣をつかんでいた。
「アラク姐さん、悪いが糸を引き上げてくれないか?」
上にいるであろう蜘蛛女のアラク姐さんに声をかける。
「きぃっ! このアラク姐さんがなんであんたらを助けなくちゃならないんだい!」
「じゃあ仕方がない。自力でよじ登るか……」
俺はどうにか糸をたぐり寄せて少しずつ上へと進む。
もう足下は床が崩れ去って、真っ暗な深遠が顔を覗かせていた。
「ゼロしゃん、落ちたら……」
「軽く死ねるだろうな」
「ひゃんっ!」
「こらトリンプ暴れるな」
「ひゃ、ひゃい……」
俺が左手でトリンプを抱えているため、丁度手の平のところに胸の柔らかい部分が当たっているのだが、これは不可抗力だ。たまたま抱え上げた時にそうなってしまった訳で。
「なんとか糸につかまる事ができただけよかったと言えるか」
「ゼロは皆に抱きつかれたりして鼻の下伸ばしているようにも見えるけどね」
「抱きついているのはルシル、お前だけだぞ」
「あーはいはい。私が勝手にゼロへしがみついているだけですよー」
そう言いながらもルシルは俺から離れようとしない。
ルシル程だったら、他に垂れ下がっている糸につかまって自分の力で登っていく事もできるだろうに。
でも俺はそのつぶやきを心の中だけにした。思念伝達を使われたら一発でバレてしまうところだがな。
「少し、登るから……集中させてくれ、な」
「ふぅ、判ったわ。私はアガテーの回復を手伝ってあげる」
「それは助かる」
ルシルは気を失ったアガテーの治癒を行う。アガテーなら一人で綱渡りをしてでも蜘蛛の糸を辿って上の層まで行けるだろう。
そうなってくれれば俺は本当に助かる。
「ねえゼロしゃん……」
「どうしたトリンプ」
トリンプは心配そうに上を見ていた。俺のその先、この層の天井部分だ。
「あの天井も……ヒビが」
「なっ、本当か!?」
慌てて俺も上を見る。
トリンプが言うように、天井にも亀裂が入り始めていた。
「まずい、床が抜けた事でこの巣自体が崩壊しつつあるんだ」
「どうしたらいいの、ゼロしゃん……」
「どうしたらって言っても、崩れてくるものは仕方が……っ!」
俺がそう言っている所で天井から落ちてきた瓦礫が俺の数多を直撃する。
大人一人分くらいの大きさの岩だ。俺の頭突きで砕いて弾いたが少しだけ額を切ってしまった。
「ゼロしゃん、血が……」
「かすっただけだ、心配ない。それよりも急がなくては!」
俺は糸をたぐったり巻き取ったりして速度を上げて登る。
「それでも間に合わないか。これが崩れたら落ちる……」
「ゼロしゃん」
「ゼロ、頑張って。もう少しでアガテーが……」
俺の右肩に乗せたアガテーが動く。
「ゼロさん……、あたし……」
「気が付いたかアガテー。よかった気が付いたところすぐで悪いが、この垂れ下がった糸を伝って上層階へ行けるか?」
「あ、えっと……」
アガテーは状況を理解しようと辺りを見回す。
「大丈夫、やってみます」
それだけ言い残して毛布にくるまりながら糸をつかみ、登っていく。
「うわ、早いな……」
アガテーはどんどんと登る。
巻いた毛布の隙間からアガテーの太ももがチラチラと見えた。
「こらゼロ、上を見ない!」
ルシルは自分の頭で俺の視線をさえぎろうとする。
「そんな無茶な……」
「でもゼロしゃん、天井がどんどん崩れてくるよ!」
トリンプが言うように、次から次へと天井が瓦礫となって落ちてきた。
「うわっ!」
俺のつかんでいた糸ごと天井が落ちる。
糸は周りと絡み合っているのだが、それでもこの重さに耐えられなかったのだろう。
「きゃぁっ!」
「ぴぎゃー!」
「だが、瓦礫が落ちてきているという事は、そう悪い話だけではないぞ」
「お、落ちながら……何よ!」
落下しながらも俺はつかんでいる糸を思いっきり引っ張る。
糸に引かれて天井だった瓦礫が俺たちの方へ向かってきた。