女王の最期
俺の目の前で女王虫が手を広げる。蜘蛛の巣の網で身体の動きが鈍りトリンプの炎鞭で左腕を封じられたが右腕はまだ動ける。体液の射出孔だろう手の平の中心に大きな穴が空いていた。
「そなたをドロドロの溶解物にして進ぜよう!」
女王虫が薄ら笑いを浮かべる。
あと一歩、俺が踏み込む時間さえ取れれば。
「なっ、体液が……」
俺の視界の端には後背からの影撃で女王虫の管を切断したアガテーがあった。
「きっ、貴様ぁ!」
女王虫が気付いてももう遅い。女の姿をした女王虫の尻尾にあった管は、その後ろにある巨大な女王虫本体とつないでいるものだ。
その管を切断してしまえば溶解液は補給できない。
そして溶解液が出なければあとは体表に存在する粘液だけ。
「SSランクスキル発動、豪炎の爆撃、その粘液も吹き飛べっ!」
俺が左手から爆炎が噴き出して女王虫の身体をなめまわす。
その熱と風で体表が瞬時に干からびていく。
「身体が滑らなければ……SSランクスキル発動、旋回横連斬! 斬り刻め踊り狂え!」
俺を軸に剣が回転する。その一振り一振りで女王虫が薄く斬られていく。
驚きの表情のまま女王虫が千切りになる。
「ぐ……ぐぐ……こんな、奴らに……わらわが……」
薄く筋目ができてはいるがまだ言葉を発する事ができるのか。
「そ、そなたらはわらわを討ち滅ぼしたつもりであろうが……これで神のお怒りはかつてないものとなる……神のお怒りに触れる時、そなたらは己の行いを悔いる事だろう……」
「神、だと」
「ふ、ふはは……既にそなたにも恐怖が植え付けられておろう……ふははは!」
女王虫の全身に斬られた筋が浮かび上がる。縞模様にも見えるその筋から青白い体液がにじみ出てきた。
「俺たちの平穏を乱すような奴は……」
俺は動きの止まった女王虫を軽く蹴飛ばす。
女王虫は縞模様に沿って身体がずり落ちていく。
「あとは本体……いや、もはや補給機の役割も終えたか」
管を切られた事で本体には頭脳となる部分がなくなっていた。そのまま大きく切られた傷口からドロドロとした体液を垂れ流すだけだ。
「この体液、床も溶かしていくのか……」
俺は本体の女王虫にとどめを刺していたアガテーの姿を見つける。
「大丈夫か、アガテー……あ」
アガテーは溶解液でほとんどの装備を溶かされ、その身体にも火傷のような痕を作っていた。
俺はアガテーを抱き寄せる。自分の手が溶解液で溶ける事も構わずにアガテーの身体に付着した女王虫の体液を振り払う。
「おい、しっかりしろアガテー! Sランクスキル、重篤治癒。かの者の傷を癒やせ。その細胞隅々まで活力を取り戻せ」
俺は勇者スキルで最上級の治癒スキルでアガテーの傷を塞ごうとする。
「大丈夫です、ゼロさん……。少し多く体液がかかってしまっただけで……」
「それでも隠密入影術を解除しなかったな。流石は熊だけある、根性が座っているな」
「はい……あたしは最強の傭兵、熊の生き残り……。これくらいの事で声を出したら恥……ですよ」
全身赤くただれて重度の火傷みたいになっているこの状態だ。アガテーの呼吸も荒く小さい。
「ゼロさん、虫は……潰せましたか」
「ああ、ああ。もう女王虫は駆除した。アガテー、お前のお陰だぞ」
俺は腕の中で横たわっているアガテーに語りかける。
「よかった……。これで、町も少しは平和に……」
「そうだな、平和になった町に戻らなくては。なあアガテー」
アガテーは小さく笑うと、そっと目を閉じた。
「アガテー……?」
俺は力の抜けたアガテーの身体を揺らそうとする。
「ゼロ、だめだよ」
俺の肩に手を置くルシル。
「だが、アガテーが! アガテーが目を開けないんだ」
「そりゃそうよ。今疲れて寝ちゃっているんだから」
寝ている?
確かに小さく寝息を立てて、呼吸に合わせて胸も動いている。
「でも血と傷が……」
「傷自体はふさがっているでしょ。別に治癒のスキルを使ったからって身体の汚れが消える訳ないし、着ている服だって溶けたところが直る訳じゃないからね」
「そ、それはそうだが……」
俺はアガテーの身体を軽く拭く。
血や汚れをぬぐうと、その下にはアガテーの健康的な肌が出てきた。
「ね、汚れがついているだけでしょ」
「あ、ああ……」
服はボロボロになってしまったが、アガテーの身体は綺麗な状態に戻っている。
「ねえゼロ」
「あ、ああ……」
「アガテーはほとんど裸なんだからさ」
「ああ」
「あんまりじっくり見たら恥ずかしいでしょ」
「あ、あ!」
俺は慌てて装備袋から毛布を取り出してアガテーをくるんだ。
「まあ傭兵だからね、裸くらいじゃ騒いだりしないと思うけどさ……」
「そうなの、ルシルしゃん?」
「トリンプの恥じらいを他の奴にも知って欲しいけどね。ぶら下がっている蜘蛛女とかさ」
確かにルシルの言う通り、虫という事もあるのだろうがアラク姐さんも女王虫も肉感的な体つきの身体をしているが、恥ずかしいという感覚はないのだろうな。
「人間の方こそそうやって身を守らなくてはならないから不便だろうさね!」
アラク姐さんの声が上の方から聞こえた。
「それよりもあんたら大丈夫なのかい? 女王虫の体液が出ていたせいで……」
アラク姐さんは少し真面目な口調で俺たちに話しかける。
「床がもうボロボロだろう?」
「へ?」
女王虫の死骸が床に空いた穴へ落ちていき、俺たちの足場にもヒビが入ってきた。
「おい、これって……」
「落ちる……!?」
ガラガラと音を立てて床が抜け始める。
「やっ、落ち……」
そう言いかけた時、俺たちを支えていた地面が崩れた。