天井からこんにちはアラク姐さん
女王虫の噴き出した体液の中にうごめく幼虫。まだ俺たちが焼き切らなかった生き残りだ。
その中から何かが立ち上がった。
「曲がりなりにも人間の姿……だとはねえ!」
言うに事欠いて、凱王がその様子に驚く。
白くヌメヌメとした体液の中から出てきたのは、イモムシと同じような少しだけ黄色がかった白い色をした裸の女。
「あ……あう……」
異質な感覚に俺たちは臨戦態勢のまま固唾を呑んで見守る。
女は首を回すとコキコキと鳴る音が聞こえた。
「まあこんなもんね」
女は二つに裂かれた女王虫の外殻を引き剥がすと自分の身体に付け始める。まるでそれが元からその女の殻として貼り付いていたかのように馴染んでいく。
「結局、わらわがここまでして出てこねばならんという事か。面倒でならんな」
女は体液の中でグズグズになったラスブータンの頭を踏む。
「ぐ、拙僧の頭を……どんなご褒びゃっ!」
女が踏み潰すとラスブータンは血と脳漿をまき散らして物言わぬ塊になる。
「これ以上はすまないが引き上げさせてもらうかねえ」
「なっ、勝手な事を!」
「トリンプ様、どうかご無事でねえ。まあ無事じゃなくてもそれはそれであれだけどねえ」
「こらっ、凱王っ!」
俺が止める間もなく凱王の精神は土でできた身体から抜け出てしまう。
精神的な支えがなくなった凱王の入れ物はその場でただの土塊になる。
一瞬空気の揺らぎが起きて、俺はそれが凱王の思念体の通った跡なのだろうと理解した。
「ゼロ、結局私たちだけになっちゃったね」
「もとよりそのつもりだからな、どうでもいい事だが」
俺は改めて出てきた女に剣を向ける。
女はゆっくりを足を上げると、軽く振ってラスブータンの体液を払おうとした。
「汚らわしい……人間の頭の中はどうなっておるのだ。わらわには理解できぬわ……」
「お前は、女王虫、なのか?」
会話が成立するのであれば互いを理解する事ができるかもしれない。
俺はただの殺人狂でも虐殺者でもないからな。
「ふぅん」
「なんだよルシル」
たまにルシルは俺の頭の中をのぞき見ているような気がする。
思念伝達は使っていないと思うが。
「またおっぱいの大きい女の姿をした奴が出てきたけどね。あれはウジ虫だから。虫だから」
「判ってるよ! いちいち言われなくても……」
「そうだよね、ゼロは判っているよね。あれは町に襲いかかってきた虫の大群を作った張本人なんだから。この虫をどうにかしないとまた同じ事が、いえ、それ以上の事が起きるかもしれないのよ」
「ああ、だから問いたい。おいそこの虫女!」
俺の言葉に虫女が反応する。
「わらわの事かえ?」
「そうだ虫女、お前はなぜ俺たちの町を襲う! 俺たちの町だけにとどまらず人間の町を襲うのだ!」
自分でしゃべっていて不思議に思うが、俺の庇護下にある町だけならいざ知らず他の町にも影響があるという事をなぜ俺が気にしたのだろうか。
「これだから人間というものは面倒でならんな」
高い高い天井から声がした。
「こやつが元凶か、人間よ」
天井から糸が垂れてその先にぶら下がっているのは、一度は撃退したと思っていた蜘蛛女だった。
「アラクネ、って言ったかしら?」
「よく覚えていたなルシル」
「そうね、なんとなくかな」
名前を言われた蜘蛛女は、少し顔を赤らめてルシルを見る。
「べ、別に名前を呼ばれたからって、嬉しくなんかないんだからねっ」
ツンデレか!
「このアラクネの居住地を踏み荒らす奴が大量にいると思っていたら、こんな奴が親玉だったとはね」
「アラクネ……」
「アラクネをアラクネって呼ぶなっ! アラクネの事をアラクネと呼んでいいのはアラクネが認めた奴だけだぞ人間!」
「じゃあ何と呼べばいいんだよ蜘蛛女」
「そうだな……アラクネの事はアラク姐さんと呼ぶがいい」
この蜘蛛女の頭にこそ蜘蛛の巣が張っているのではないだろうか。