隣の影
凱王からの提案は俺たちと共闘をしてこの虫どもを駆逐しようというものだった。
「今はとにかく、この虫の大群とその卵をどうにかしたいからねえ」
凱王の精神を乗せた肉体は多少不自然な動きをしながらも、火を放出して虫を焼き殺していく。
「お互いこの虫たちには痛い目を見た、よねえ?」
凱王の言う事も確かだ。
「お前が俺たちの国に攻めてきたからこそ、こうしてお前を潰しに来たんだぞ。俺たちは自分の国が、俺たちの生活が脅かされなければそれでよかったんだ。それをお前たちが壊したんだからな」
俺は押し寄せてくる虫を倒しながらも、凱王に言葉を投げかける。
「俺たちはこの大陸がどうなろうと関係ない。俺たちの国が平和であればそれでよかったんだ!」
「そうは言うけどねえ、凱王は凱王なりに自分たちの国を思っての事だからね。いや、国と言うより世界の平穏の方が正しいかねえ」
「何が世界だ、勝手に攻めて来やがって」
言葉の応酬をしながらも虫は次々と潰していく。
「ぼくの兵が失われた事は残念だけど、それもこれからの事を考えればまだまだ小さい被害だったと思えるだろうねえ」
「あれだけの損失を出しておきながら、お前は人の命をなんだと思っているんだ!」
「そう怒るなよ勇者くん。ぼくだって凱王として百万の軍隊全体を見ながら戦略を立てているのだからねえ」
百万だと!
俺はなんとか声を出さずにこらえる。
「大陸全土を支配下に置いているんだ。沿海州の港町をいくつか失う事になっても立て直しをしなくてはならないからねえ」
「だからこうして遠征するのも」
「そうだよ、思念体を上手く使わないとねえ。それこそ身体がいくつあっても足りないからねえ。さあ……この階もそろそろ終わりかねえ」
「この階?」
確かにもう生きている虫は見当たらない。神経をひくつかせている脚は何本か見えるが、それも少し経てば動かなくなる。
「いやあ、勇者くんがいてくれたから助かったねえ! 大分楽をさせてもらったねえ」
「何を言っていやがる。それにこの階って言うのはどういうことだ」
「判っていなかったかねえ勇者くん。虫の巣は何段にも重なっていてねえ、ここはその上層階に当たる所なんだよねえ」
「なんだと。確かにあの数の虫が孵化する場所だ。これだけでは済まないと思っていたが……」
「それに女王がまだ倒せていないからねえ」
凱王の言葉にトリンプが反応した。
「女王? 蜘蛛女ならさっき追い払ったよ」
「蜘蛛女って、それは違うかねえ。それはただの人語を使う虫人間なだけだねえ……。って、えっ!?」
凱王はトリンプの顔を見て驚いた表情に変わる。
「お前……いやあなた様は……」
あからさまに凱王の反応がおかしい。
俺はトリンプをかばうようにして凱王の前に立ちはだかる。
「まだまだ教えてもらえる事が多そうだな、凱王よ」
俺は虫を倒した時と同じように、戦闘態勢を崩さずに凱王を見た。