つなぎ止めた一息
今度は俺の意識がもうろうとし始める。
俺の足に食らい付いているのはゲンゴロウやミズスマシといったような背中の黒光りする甲虫だった。
だがとにかく大きい。体長は俺の二倍はあるだろうか。
巨大ゲンゴロウは俺の足を食い千切ろうと顎に力を入れる。
「さ……させるか……」
流石に俺も水中で呼吸ができない状態では長く戦えない。
なんとか水面に近付こうともがくが、片足を捕らえられ、その上重量のあるゲンゴロウを引きずっての事だ。なかなか浮き上がる事ができなかった。
「くっ……!」
俺は剣を抜いてゲンゴロウに斬りつけるが、水中で勢いを殺されて傷を負わせられない。
これは……まずいな。凍結の氷壁で魔力を使いすぎたが、そうも言っていられない。Nランクスキル発動、氷結の指!
俺は足にかじりついているゲンゴロウの牙に触れて氷結の指を発動させる。
ゲンゴロウの牙は見る間に凍り付いていく。周りの水を氷に巻き込んで。
これで力も入らないだろう。
俺は突き刺さった牙を気にせず足を振り回した。
その勢いでゲンゴロウの凍っている牙が折れて砕ける。
よし!
俺はもう一方の足で巨大ゲンゴロウの頭を蹴って浮上のきっかけにした。
踏みつけられたゲンゴロウの頭が割れて緑色の体液が水中に流れ出る。
俺はそのまま飛びそうな意識を何とかつなぎ止めて水面へと向かう。
だが……、視野が狭くなり、目の前がどんどんと暗くなる。
俺の顔に何かの感触。
「!」
肺の中に空気が取り込まれて、その瞬間に意識がはっきりとする。
ルシルが口移しで俺に息を吹き込んでくれていた。
「ゴホッ!」
水面から顔を出した俺はむせ込んで肺の中の水を吐き出そうとする。
「ぜぇ、はぁ……」
「一息ついたかな、勇者さん?」
「あ、ああ……。何とか助かったぞ魔王」
お互い照れ隠しで名前を呼べない俺たちを見て、アガテーとトリンプが不思議そうな顔をしていた。
「冷たいが我慢してくれ、Rランクスキル凍結の氷壁、そしてNランクスキル工作!」
「わぁ、氷でできた船だぁ!」
「判っているけど冷たいですよ、ゼロさん……」
「いいから乗れ。氷は俺が補強しながら行くから外套でもなんでも敷いて直接触れないようにすればいい」
俺が初めに船へ乗り込み、ルシルたちを引き上げていく。
「ゼロ、地底湖は思った程水温が低くなかったけど、流石に氷の船だと身体が冷えるよ……」
「よし、Sランクスキル風炎陣の舞! 空中で炎の渦を作ってそれで暖を取ろう」
「それだと氷の船が!」
「凍結の氷壁で補強だ!」
「ゼ、ゼロしゃん、つべたい……」
「ええい、風炎陣の舞!」
「船が溶けてきた!」
「凍結の氷壁だ!」
魔力の無駄遣いをしながら岸になるところを探していく。
「ルシル、どこでもいいから船を飛ばしてくれ!」
「判った。Rランクスキル海神の奔流!」
ルシルの発動させた海神の奔流で氷の船が一気に速度を上げた。
「このままどこかの陸地まで……!」
俺たちの願いはすぐに叶った。
閃光の浮遊球に照らされた草地が遠くに見えてきたからだ。