脱皮して脱走
「ゼロいいね?」
ルシルの思念伝達が俺の頭の中に響く。
口で言わないのはアラクネに気付かれないようにしているからだ。
「構わん、やってくれ!」
アラクネの糸は俺の魔力を吸うのかスキルの発動を邪魔しているのか、発動させるスキルは効果を出さない。常時発動スキルは利いているようだがな。
「じゃあ」
俺の背中から炎が伝わる。一斉に俺の左腕へ燃え広がっていく様子が見えた。
「なんだ、お前技なんか使えなかっただろうに! この糸で!」
「確かに俺はスキルを発動させる事ができなかったみたいだがな」
「そ、そんな……自らの身を焼くだと!」
「そう驚く事もない。俺はSSSランクスキルの温度変化無効が常時発動しているんでな。燃えるくらいなら俺にダメージは来ないさ」
「くっ……」
燃え盛る俺を見てアラクネは悔しそうな表情で顔を歪める。
俺はその様子を見ながら焼け落ちた糸の残骸を払う。
「少し服も焼けてしまったか」
ぼろぼろになった外套と服をはたいて火を消す。
焼けたり穴が空いたりしているから、後で着替えられるやつは変えておくか。
「う、後ろに……誰かいるのか」
アラクネがたじろぎながら問いただす。
「俺の背後には魔王がいるんでな」
「ゼロ、言い方……」
俺は縛られていた左腕を回すと、手に力が戻ってくる感覚があった。
「だったらお前ら共々がんじがらめにしてやるぞぉ!」
「もう俺はスキルを使えるからな、そうはいかないぞ」
アラクネが糸を吐き出すが俺に届く前に火の矢で撃ち落とす。
「まっ、馬鹿な……!」
「スキルが使えればどうという事もないし、もう不意打ちは食らわないぞ! Nランクスキル火の矢」
俺は辺りに火をまき散らすと、その何本かがアガテーとトリンプにも届く。
「きゃっ!」
「びやっ!」
彼女たちを捕らえていた糸は焼き切れ、二人とも自由になる。
トリンプは天井近くにいたから落ちてきたところを俺が抱きかかえた。
「ゼロしゃん……」
頬を赤らめて俺の腕の中に収まっているトリンプ。
俺はトリンプを立たせると、改めて蜘蛛女と対峙した。
「ほう、脚が一、二本取れたようだが、まだ立っていられるか。流石蜘蛛だな」
煙を立てながらアラクネはどうにか倒れずにいる。
その近くには火の矢で吹き飛んだ脚が転がっていた。
「ぅおのれぇ! 悔しいっ! 悔しいぞ! このアラクネをここまで傷つけるとは! むいぃぃ!」
アラクネは奇声を発すると、蜘蛛の身体に自分の糸を吹きかけてぐるぐる巻きにする。
「何をしているんだ?」
「ゼロ、そんな事より焼いちゃおうよ」
「そうだな。火の矢!」
俺は糸で巻かれた白い塊になっているアラクネに火をかけた。
「おうおう、よく燃えるなあ。この粘着成分は可燃性なのかもしれないぞ」
更に俺の火が糸玉を燃やしていく。
「お、糸玉が崩れ始めたか……いや」
糸玉が焼け崩れたのかと思ったが、何カ所かヒビが入ってその隙間がどんどんと大きくなっていた。
卵の殻を割るような音がして、火が点いたままの糸が床に落ちて散らばる。
その中から出てきたのは、人間の姿に加え四本の蜘蛛の脚が背中から生えている異形の者だった。
「見た目は人間……。その背中から虫の脚が生えているのか……」
虫の脚を畳んで隠せば、普通の人間とも見間違えるかもしれない。
全身には赤い隈取りが入れ墨のように入っていた。
顔には模様のような赤い点が。恐らくあれが目の役割をしているのだろう。
「おのれぇ、よくもこのアラクネをこんな姿にさせてくれたねぇ!」
「いや、焼いたらお前が勝手に人間の姿になっただけだろう」
「脚を再生させるのには脱皮するしかないんだよっ! 脱皮したてはぶよぶよの人間の姿になっちまうんだからしょうがないだろう!」
「ああ……、それから時間をかけて段々と蜘蛛の身体になっていくのか。気持ち悪いな」
「余計なお世話じゃ!」
アラクネは人間としてみれば裸の状態で四つん這いになる。
背中から生えている蜘蛛の脚も巧みに使って、壁、そして天井へ這い上っていった。
天井から逆さまにぶら下がると、長い髪が垂れ下がってその顔もよく見えるようになる。
「このアラクネをこんなにも辱めて! お前ら許さんぞ、許さんからなぁ!」
そのまま天井を伝って逃げようとするアラクネに、俺は火の矢を発射させた。
「そんなへっぽこ当たるかよぉ! くっそう、これで勝ったと思うなよぉ!」
アラクネは捨て台詞を吐いて天井の暗闇へと消えていく。
「珍しいね、ゼロが狙いを外すなんて」
「火の矢が当たらなかった事か?」
「うん」
「まあ、なんだ」
「あ、裸の女の格好していたから? おっぱいの部分おっきかったけど、ゼロ」
ルシルが冷ややかな目で俺を見る。
「あれ蜘蛛だからね」




