荒絹の蜘蛛女
焼け焦げた蜘蛛の死骸が床に落ちている。周りはこいつのだろうか、蜘蛛の巣が至る所に張り巡らされていた。
「ゼロしゃん、大丈夫?」
「トリンプ近寄るなよ」
「どして?」
俺は剣の先で蜘蛛の死骸をつついてみる。
「ぴゃっ!」
蜘蛛の腹から白い小さい粒々が出てきて動き回った。
「どうやらこの蜘蛛は胎生だったみたいだからな」
「ぴぎゃ~……」
「火の矢。この粒々も燃やし尽くせ」
俺の指先から放たれた火が子蜘蛛を焼いていく。
「ブチブチ言うよぅ……」
気持ち悪そうにしているトリンプは置いておいて、俺は辺りの蜘蛛の巣も炎で焼き払った。
「まだ奥があるみたいだがな、どんどんと蜘蛛の巣やら糞やらが転がっているし……それに」
焼き切った蜘蛛の巣の中から骨が出てくる。
見れば食料としていたのだろうか、繭のように糸でぐるぐる巻きにされている動物の死骸もあった。
「う……どうやら人間も餌にされていたようだな」
「ゼロ、この死体……魔族のものもあるね。角が生えている」
ルシルの見つけた死体の頭には角があった。もう白骨化している死体だったが。
「まだ来るぞ!」
少し広くなった空間のところどころにくぼみや通路が見える。
この部屋自体が蜘蛛の形をしているかのようだ。
その脚の一本とでも言うような通路から八つの光る目が見えた。
「先制攻撃を受けるがいい! Rランクスキル炎の槍っ!」
俺の手からNランクスキルの火の矢とは大きさも威力も異なる炎が噴き出す。
通路の奥から見えた蜘蛛らしき姿は一瞬で炎に包まれる。
「ゼロ、こっちからも!」
「ゼロさん囲まれました!」
アガテーも隠密入影術を解いて戦闘に加わった。
後背からの影撃で数匹は倒していたようだが、それでも次から次へと蜘蛛が押し寄せてくる。
「あの平原での戦いの再来みたいだな……」
俺は迫り来る蜘蛛を焼き払っていくが、それでもまだ後から後から襲ってきた。
「き、きりがない……」
「少し息苦しくなってきたよ……」
「狭いところで火を使いすぎたか。だったら……Sランクスキル凍晶柱の撃弾!」
氷の塊が蜘蛛に直撃し、蜘蛛の身体や手足がバラバラに吹き飛ぶ。
「これでどうだ!」
俺は寄ってくる蜘蛛に氷の柱を突き刺していく。
その中で一つだけ、氷が弾かれた。
「蜘蛛……いや、女か!?」
氷を弾き返したその姿は、下半身が赤い隈取りをしたような模様の入った蜘蛛、そしてその上半身は裸の女のそれだった。
長い髪と蜘蛛の巣のような物が身体にまとわりついているようだが、それ以外に服らしい物は身に着けていない。
「ちょいとお前ら、乱暴が過ぎるのではないかい? えぇ!?」
蜘蛛女は怒気をはらんだ声で話しかけてきた。
かろうじて人間の言葉として理解はできるが、そのキシキシとかすれた声は聴く者の背筋が寒くなるようなものだ。
「不愉快な声だ……。全身の毛が逆立つような気がするぞ」
「不愉快だと!?」
蜘蛛女はキシキシ鳴る声で答える。
「不愉快はどっちだ、勝手に押し込んできて同胞をぶち殺して回っているお前らの方がよっぽど不愉快だよ!」
蜘蛛女が口から糸を吐き出す。
その糸が俺の手に絡みついて離れない。
「ゼロ!」
「大丈夫だ、こんな糸くらいで……」
俺は炎を出そうとするが、指先からはくすぶった煙が出るだけだった。