町を囲う炎の壁
平原は虫の大群がひしめき合っている。凱王の兵士たちは既に軍の体を成していない。逃げ惑い、喰われ、踏み潰されていった。
「ゼロ、コームの町には退避指示を出したけど……だいたい船で逃げるって言ってもその船が足りないよ。それに怪我や病気で動けない人も結構多いみたいだし」
「確かにな、逃げる事ができなくて仕方がなく投降した者も多かっただろう。逆に言えば兵士として戦える者や民を誘導できるような奴がほとんどいないと思った方がいいのか」
俺とルシルはウィブの上に乗りながら地上の惨劇を見ている。このままではコームの町にこの虫が押し寄せてくるのも時間の問題だ。
「数万の凱王軍と言ってもこれだけの虫には勝てないか」
「ゼロはどんなに大きくて強い虫だろうと負けないって思うけどさ、これだけの数は相手にできないでしょう」
「そうなんだよ。風炎陣の舞とかで壁を作ったとしてもその炎を乗り越えてくるんだからな。突っ込んできた数匹を焼いたところでどうにもならん。人間と違って退却もしなければ炎に怯えて踏みとどまるという事もない……」
「厄介だね」
「そうだな……」
俺は東側を見る。
コームの町は大陸の岬に漁師が集まってできた集落から発展したと聞いていた。
町の向こうはどこまでも広がる大海原だ。
「だからこそ海以外に逃げる場所がないとも言えるのだがな……」
俺は上空から虫の黒い絨毯が広がる様を見て、もう一刻の猶予もない事を悟る。
「ゼロ、船で逃げるのはもう時間的にも難しいよ……」
「そうだな。いいだろう、沖へ逃げられる者はそれで構わないが、逃げられない者もむざむざ死なせる訳にも行かない。これでも俺の治める町だ」
俺は右手で握りこぶしを作る。
その手の中に力が集まってくるのが判った。
「SSSランクスキル発動……、王者の契約者。まだ治めてから日も浅いとは言えこの地にいる者も俺の民だ。いきなり湧いて出た虫どもに喰わせる訳にはいかん」
「ど、どうするの!?」
俺はウィブに指示をして町から距離を取りつつ町を反包囲できる場所を通過するよう飛ぶ。
「Sランクスキル風炎陣の舞! そしてSSランクスキル豪炎の爆撃もだ!」
俺の放った豪炎が平地の何もないところで着弾する。
次々放つ炎の塊がつながり、町を囲むようにして炎の壁を作っていく。
「でも虫たちはさっきも炎の壁を無視して突っ込んできたよ!」
「それは俺も見ていたさ。だからこの王者の契約者を使ってもっと火力を上げた炎を!」
俺の発した炎が広範囲に町を囲っていた。距離があるため町の中では多少熱いと思う程度かもしれないが、炎の壁に近い木々は自然発火していく。
「虫が……来るよ!」
その広がる炎の壁に向かって凱王軍を飲み込んだ虫たちが群がってきた。