大地に広がる群れの波
大地を黒い塊が広がっていく。それは暗黒が平原に染みついていくようだった。
「うっ、虫……!」
ルシルが口を押さえながらうめくようにして言葉を吐き出す。
「なんだこの虫の大群は……地をはうやつもいれば空を飛んでくるやつもいるぞ。それに木もなぎ倒す程の大きさと勢い……。いったい何だこれは!」
俺はウィブに乗りながら虫どもの群れを見つめる。
「平原は北と南で炎の渦が壁となっているが、それがかえって虫どもを中央に誘導する形になってしまったな」
「ねえゼロ、凱王軍が虫たちに気付いたみたいだよ」
「このままじゃあ鉢合わせか」
平原が炎で分断された事で一本の通路のようになっている。その西側から虫の大群が押し寄せてきて、凱王の軍隊が通路を塞いでいるような位置に固まっていた。
そして東に行けばコームの町があり、凱王軍が逆に虫たちから町を守るかのような布陣になっているのは何かの皮肉だろうか。
「凱王軍がどうなろうとも構わないが、このままじゃあコームの町まで襲われかねない。多少数は減ったとしても凱王軍がこの虫どもに対してどこまで持ちこたえられるかな」
「私たちは一旦退いた方がいいかな? アガテーも町に戻るって言っているし」
「そうか。思念伝達で聴いてくれたのか」
「うん。もう南の森からは出てコームの町に向かっているみたい」
「他にも攪乱作戦で町から出ている者がいたら町に戻るよう伝えてくれ。それと町にいる連中にもこの虫の事を知らせないとな」
「そうだね、私たちも急ごう!」
「ああ!」
俺はウィブを東に向かわせる。このまま凱王軍は放置して町に戻るためだ。
「あ……ゼロ」
ルシルが地上の惨状を目にする。
凱王軍は虫の大群に襲われ、その黒い染みに飲み込まれていく。兵士よりも大きい甲虫もいるようで、その大きな顎に捕らえられたり踏みつけられたりして凱王の軍隊の抵抗も虚しく蹂躙されるがままになっていた。平原には混乱する兵たちの叫び声が辺りに響き渡る。
「生きたまま虫どもに喰われているのだろうな……。敵とはいえ無残なものだ」
凱王の兵士たちが逃げだそうにも炎の渦が行く手を阻む。それでも虫から逃げだそうと炎に焼かれる者もいた。
「でもこのままじゃあ逆にコームの町へ誘導しているようなものなんじゃないの?」
「いや、思った通りには行かないらしい。見ろ、あの炎の壁を」
「あ……! 虫が!」
大量の虫は炎の渦にも飛び込んでいく。
先頭の虫は当然焼かれてしまい焦げ臭い煙となって灰になるが、それでも後ろから押し寄せる虫たちが更に突き進んでくる。
「虫が炎を消していく……」
ルシルの言う通り、大量の虫が塊となって凱王軍だろうが炎の壁だろうがお構いなしに飲み込んでいった。
それでも尚、後ろには途切れる事もなく虫の絨毯が広がっている。
「いったいどこまで続いているんだ。火も避けずに突っ込んでくるなんて」
遙か遠い地平まで虫の姿は続いていた。
「町も危ないぞ……」
凱王の軍は追い立てられるようにしてコームの町に近付いていく。
「凱王軍も既に敗走だな、隊の形を成していない」
「それでも町にすれば脅威になるよ」
「逃げ惑う兵かそれとも虫の大群か。どちらにしてもこのまま見ている訳にもいくまい。ウィブ、急いでくれ!」
「承知したぞ勇者よ」
ウィブが全速力でコームの町へ向かう。
「町にいる者たちもこの状況ではどうにも対処できまい。船で逃げるにしても間に合うかどうか……」
なるべく早くルシルには町の連中に連絡を取ってもらう。その上でどうするか。
俺は高速で風を切るワイバーンの背中で押し寄せる虫の波をどう対処しようか考えていた。