相手が立て直しをする前に
凱王軍は一旦兵を引いた。先程まで敵軍の矢が届かない上空から氷の槍やら雷やらを降らせていたルシルも、これ以上の攻撃は効果が薄いと思ったのか地上に降りてきている。
「奴らは陣形を立て直してまた攻めてくるだろう。それまでにこちらも対処を考えておこうと思うのだが……ベルゼル」
「はっ」
「クシィへの援軍、支度が調い次第向かってくれ。ドレープ将軍も籠城した相手に苦戦をしているだろう」
「かしこまりました、それでは早速にも。これにて失礼つかまつります!」
ベルゼルは俺に一礼すると黒い外套を翻して空へ飛び出す。
「ベルゼルが応援に行く事で一軍にも匹敵する戦力となろう。残る兵力はコームの町を守ってくれ。万が一俺が敵兵を討ち漏らしたとしても容易に町へ攻め込めないようにしてくれればそれでいい」
沿海州から応援に来ている兵や自由民となった者がベルゼルの再編によって守備隊となっている。
「即席ながら指揮命令系統も備えて訓練もしているとは、ベルゼルの手腕は素晴らしいな」
「でしょ~。私も昔は結構助かっていたからね」
ルシルにとっては今も昔も頼もしい部下と言ったところだ。
俺は素直にうなずいて、ベルゼルの置き土産となった兵士たちに町の守りを指示した。
「そうなるとあとは反転攻勢、だな」
「だね」
「アガテーはもう?」
「うん、隠密入影術で敵軍の攪乱に向かったよ」
「よし、それならアガテーがやりやすいように俺たちも行くとするか」
「わかった。私先にワイバーンに乗ってるね。トリンプももう乗っているから」
「ああ判った。ウィブ、頼んだぞ!」
「承知」
俺の掛け声に合わせてウィブがルシルを背中の鞍に乗せる。鞍の中にはトリンプも乗っていて落ちないようにベルトで固定していた。
鞍と言っても馬に付ける鞍と言うよりは柵で囲った座席のような物だ。馬に牽かせる二輪の戦車みたいな物を使っている。
「ルシル、しっかりベルトを着けておけよ」
「判ってるって」
そう言いながらルシルは腰ベルトを鞍にくくりつけた。
「敵軍は退いてから特に動きはなさそうだな」
「思念伝達で探りを入れても分散はしていないみたい」
「そうか。一カ所に固まってくれれば攻めやすいから助かる」
俺は鞍には乗らずウィブの首にまたがると軽くその首を叩く。
「よしウィブ、行ってくれ!」
「あの敵軍に向かえばよいかのう」
「ああそれでいい。空から氷の塊でも落としてやるさ」
俺は上昇をし始めるウィブに捕まり、平原の向こうに陣取る凱王軍を見下ろしていた。
「陣形はそれなりにできている。混乱は収束したようだとすると、敵にもそれなりにまとめ上げる司令官がいるという事かもしれないな」
凱王軍は敵の中にワイバーンがいる事を痛い程知っている。その中で陣形を整える事ができている訳だ。
「対策を取れるような物はないと思うが……おっ?」
地上から巨大な岩の塊が飛んできた。ウィブは身体をくねらせてその塊を避ける。
「投石器でも持ってきたか。攻城戦には間に合わなかったがそれをワイバーンに使うとはな。敵も考えたものだ」
「勇者よ、もう少し上空へ行こうかのう?」
「そうだな。当たっても馬鹿らしいし避けるのも面倒だろう。高高度を取ってくれ」
「承知した」
「その前に……Sランクスキル発動、凍晶柱の撃弾っ! 岩の礼に氷の柱でも受け取るんだな!」
俺は両手から巨大な氷の柱を作り出し敵軍の中へ放り投げた。
直撃を食らった者は押し潰され、その周りにいる連中も弾けた氷や倒れた氷柱で負傷したようだ。
「ほっほ、騒いでおる騒いでおるのう」
ウィブが高ぶった気持ちをごまかすかのように笑った。