上空からの不意打ち
ウィブの背中に乗って俺たちはコームの町に向かう。凱王の軍が押し寄せてきているというセシリアの報告を整理すると、敵軍は三万を越える数で野営をしているらしい。
「町の壁があるとはいえ、それは奴隷として差別していた連中から町を守るためのもの。トライアンフ帝国からの防御は考慮されていない作りになっていたな」
「そうだよ、あの状態だと海側からの歩兵なら意味がある壁だけど、大陸側からの軍隊じゃあ」
「ああ。ひとたまりもない。ベルゼルがどこまでこらえてくれるかが問題だな。ウィブ、無理を言って悪いが……」
「判っておる。じゃが、これ以上速度に力を注ぐといざ戦いとなった時にどれほど役に立てるか判らんからのう」
「それでも構わん。なんであれば俺だけ放り投げてくれればそれでいい」
「わっはっは、相変わらず無茶な事を言うが、それでもそれができてしまう所が面白いのう」
俺はウィブの首を軽く二、三度叩く。
「頼んだ」
「承知!」
ワイバーンの羽ばたきが更に激しくなり、翼が空をわしづかみにするかのように風を捉える。
「その鞍にしっかりとしがみついておれよのう!」
急に速度を上げたウィブの背に取り付けていた鞍も勢いで大きく揺れる。
「わわわっ!」
ルシルとアガテーが慌てて鞍の手すりにしがみつく。トリンプは俺の太ももを抱きしめるようにしてつかまる。
俺はうまく足場に踏ん張って安定を取りながら、雲を切り裂き空を駆け巡るワイバーンと一体となって風に身を任せていた。
セシリアには俺の代わりにブラッシュの町の補佐をしてもらうように頼んである。頃合いを見計らってコームの町で合流するようには話しているが、それも戦闘がある程度片付いてからの事になるだろう。
「いい速度だ! これならあとどれくらいだ!?」
「敵軍ならもう間もなく見えてくる頃合いだろうのう」
「ルシル、思念伝達で大軍の意識を捕まえる事ができそうか? 俺の敵感知では敵に検知されないと効果が出ないからな」
「そ……そうなんだけど……」
ルシルは高速で飛ぶウィブの動きについていけず、鞍へしがみつくのがやっとのようだった。
「仕方がないな、それ」
俺はルシルの事を抱きしめる。
「ひゃうっ! ゼ、ゼロ……!」
「これで少しは思念伝達に集中できるだろう」
「う……うん……」
「ゼ、ゼロさん……、それではかえってルシルさんが落ち着かないのでは」
「え? そうなのかルシル」
「そ……!」
ルシルは俺にしがみついて離れないようにしていた。
「そんな事ない! ないよ! 大丈夫、思念伝達……使えるから」
なぜかアガテーも必死に鞍へしがみついているはずなのにその顔がにやけている。トリンプはまだ俺の脚につかまりながらこの様子をただ見ていた。
「ゼロ! 前方!」
「つかめたか!」
「うん! たくさんの意識が……戦闘で気持ちが高ぶっている!」
「方向は!」
ルシルを抱えながらルシルが指さした方向へ右手を伸ばす。
「あっち! ベルゼルやコームの人とは違う意識!」
「よくやった! SSランクスキル発動っ! 豪炎の爆撃!」
俺の右手から巨大な炎の塊が噴き出してはるか遠くの地平まで飛んでいった。
「爆ぜろっ!」
かなり先で大きな爆炎が巻き起こり、その後で耳をつんざくような爆音が聞こえてくる。
「どうだルシル、結構削れたか!?」
「ゼロ、かなり減らせたけどそれでもまだたくさんいる!」
風を切る音に混じって雄叫びが聞こえてきた。
ウィブが前方を見据えながら話しかけてくる。
「そろそろ見えてくる頃だのう! 用意はよいかのう」
「ああ」
俺の視界にも町に取り付こうとする大軍が入ってきた。
コームの町の壁は形ばかりの防衛線となっているが、そこかしこで黒煙が上がっている。
「待たせたな!」
俺はコームの壁に攻め寄せる敵軍の真っ只中に飛び降りた。