勇者の翼
沖合いから飛んできた大きな影が太陽の光を一瞬だけさえぎる。
それだけでもブラッシュの町にいる人々は驚きと恐れを抱く。
「来てくれたか、ウィブ!」
「儂を置いていく事自体が無謀だと言うのにのう、勇者よ!」
ウィブはゆっくりと滑空して広場に降り立つ。
土埃が収まった頃、懐かしいワイバーンの姿がそこにあった。
「そう言うなよ。お前が乗れるような船を造るのにどれくらい時間がかかったか。それとも落ちる可能性も含めて無着陸で大海を横断してみたかったか?」
ウィブは翼を畳みながら鼻先を俺の身体にこすりつける。
「そう意地悪を言うものではないのう。儂だとてあの距離を休まず飛ぶのは難しい。いや、できんとは言わんがのう」
「まあそういう事にしておくさ」
俺はウィブの鼻をさすりながらその鱗のゴツゴツとした感触を楽しんでいた。
「ゼロ、その船って例の?」
「ああ。こちらに発つ前にベルゼルがスターベイの村で沿海州の者たちに手配していたやつだ。拿捕した船をワイバーン仕様に改修してくれたんだよ」
「初めから造っていたらこんなに早くできないもんね」
「まったくだ。ただこれもワイバーン仕様になっているだけで戦闘艦には仕立てていないからな、戦艦としての改修なり建造なりはこれからの課題かもしれない」
「船は大変だよ」
「そうだな、造船技術を集約させて造船町を整備したいところだよ。そのためには東西の大陸を行き来できる航路を確立させないとな」
「やる事いっぱいだね」
「そうか? それは俺がいなくてもできる事だろうし、その頃には俺もゆっくりさせてもらうさ」
「そうだね、そうなるといいね。私もこの身体をすっきりさせたいし」
「ルシル……」
ルシルは物憂げな顔で胸に手を当てる。
こいつなりにいろいろと考えるところもあるのだろう。アリアの事もあるからな。
「その前にコームの町、だろ?」
ルシルは笑顔を作ってうなずく。
「ゼロしゃん、トリンプも連れて行ってくれる? トリンプの炎、きっと役に立つから!」
トリンプが息巻いて戦闘に加わる事を宣言する。
「いいのかトリンプ。お前はここで町の再建に力を貸してくれた方がいいんじゃ」
「ううん、トリンプもゼロしゃんのお役に立ちたいの……」
トリンプはもじもじして上目遣いで俺を見た。
「だめ?」
俺は一瞬息を呑む。
「う、うむ、よかろう」
「ゼロ~、なんか言葉遣いがおかしいよ~?」
「そんな事もなかろう、うむ」
「おかしい……」
「あー、ごほん。それよりだ。ウィブに装備してもらいたいものがあってな」
俺はワイバーンに話しかけて話題を逸らす。
「これかのう?」
「そうだ。鉄鋼鎧をワイバーン用にあつらえたものだ。これなら多少の矢玉は弾き返せるだろう」
「ほほう、これを儂にな。確かに戦ともなれば儂の鱗も傷だらけになるからのう。まあこれくらいの重さであれば勇者たちを背負って飛ぶ程重たくもないからの、ふむ」
ウィブは嬉しそうに鎧を見ていた。
「お、それでこの箱のようなものはなんだのう?」
「あー、それな。それは鞍だ」
「くらぁ?」
「ウィブ、お前を呼んだのは他でもない。俺の足、いや翼となってもらいたかったからな」
「うむむ……。儂を馬かヤクのように思っているのかのう」
「ワイバーンライダーだ」
「答えになっておらんのう……」
ウィブは笑いながらも呆れた様子で鞍を小突く。
「まあいいだろう。そこの嬢ちゃんから急を要すと聞いているからのう。とっとと支度をしてそのコームとやらに向かうとするかのう」
ウィブが大きく翼を広げて動かすと、また土埃が大きく舞った。
「頼りにしているぞ、ウィブ」
「船の上ではずいぶん休んでおったからのう。よい運動になるのう」
ウィブが笑ったように見えた。ワイバーンの笑顔なんて俺にはよく判らないけど。