死者の地下墳墓
大した混乱もなく町は落ち着いている。
「ブラッシュの町はバルに任せる。まずは治安からとはなるが問題が起きてもコームの町と連携を取ってもらえれば大事にはならないだろう」
「ゼロ様のご威光あれば反乱を企てようとする者もいないでしょう」
「そう望むよ。それとバル、地下墳墓の事はどこまで知っている?」
「その事についてはまったく。子供のおとぎ話として言う事を聞かないと死の王に地の底へ引きずり込まれるぞ、といったものはありましたが……まさかそれが本当にあるとは」
「なるほどな。伝承も子供の戒めへと変わっていったか。それではアガテー」
俺は応急手当を済ませたアガテーに話しかけた。
「傷は大丈夫か」
「はい、もう問題ありません」
「お前が見てきた地下墳墓の事だが」
「はい……。あれは墳墓と言いましたが実際には誰かの墓ではなく、死者の生産工場のようでした」
「なんと」
アガテーは真剣な面持ちでうなずく。
「地下深く、かなり潜ったところにそれはありました。そこでは広い空間に多くの寝台があり、そこへ死んだ者を置いていました」
「どのような死体が多かったんだ」
「身なりからするとほとんどは奴隷のようでしたが、他にも魔族や魔獣といった死体も多くありました。そのいくつもの寝台を行き来している者がいたのですが……奴らは生物というよりは幽鬼のようなおぼろげな姿で」
俺の脇腹をルシルが肘でつついた。
「ゼロはそういう透明なの苦手だからね」
「う、うるさい。それで、その地下で何が起きていたんだ」
「それですが、あたしもそれはよく判らなかったのです。ただ死体から何かもやのような煙のようなものが出て、それを幽鬼たちが回収していたように見えました」
「魔力か、生命力を吸収している?」
「判りませんが、そんな風にも思えます」
ルシルが何か考えている様子で俺の袖を引く。
「やっぱりそれって凱王が言っていた魔族を取り込んだっていう事と関係がありそうだね」
「確かにな。アガテー、その地下の施設にはどうやって行くんだ?」
「それはもう無理です」
アガテーは力なく首を横に振った。
「凱王、先程まで戦っていた肉塊に思念が入った時、その地下墳墓が崩壊してしまって。凱王のあの身体がどうやって地上に出たのかも判らない上に、どうにかあたしも逃げ出すのがやっとで……。何も証拠となるものを持ち出せませんでした」
「いや、情報を持ち帰ってくれただけでも十分な成果だ。何よりもお前が生きて戻ってきてくれた事が一番嬉しい」
「ゼロさん……」
アガテーは目に涙を浮かべて俺を見つめる。
「ゼロはそんなところに行かなくて済んだってほっとしているんでしょ?」
ルシルの言葉に、俺は無理矢理咳払いをして返事した。