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現し身に写す移し身

「い、痛いですよ凱王様……」


 凱王の手に握られているラスブータンの首が言葉を発した。


「それはそうだろうねえ」


 凱王は平然と言ってのける。


「おや」


 凱王の胸に矢が突き立つ。背中から貫通したようで矢尻が胸から生えたようになっていた。


「余計な邪魔が入ったかねえ」


 凱王は後ろを振り向き、俺は凱王越しに矢を射た者を見る。


「ゼロさん!」

「アガテーか! どうしたそのなりは。ぼろぼろじゃないか!」


 見ればアガテーは普段の隠密に適した装束を身にまとっていたが、ところどころ破れていて隙間から素肌が見えていた。


「少しこの肉人形の事を調べるのに手間取ってしまいました」

「先行してブラッシュの町に入ってもらっていたが……肉人形と言ったか」

「ええ。この凱王を名乗る肉人形は地下墳墓で造られた凱王の移行体で、思念と魔力を死者の身体に移して動かしている泥人形ゴーレムみたいな物なんです」

「そうか。道理で現実感が無いような気がしたんだが、それでもすさまじい魔力を感じたのはそのせいか」


 凱王の思念が入った肉人形を挟んで俺とアガテーが話している所へその凱王が割り込んでくる。


「正体を知られてしまったからには仕方が無いねえ」


 凱王は矢を胸に刺したままの状態で笑顔を見せた。

 背筋が凍るような皮肉めいた笑顔を。

 アガテーは隠密入影術(ハイドインシャドウ)からの後背からの影撃(バックスタブ)で不意打ちをしたから攻撃が通ったのだろう。そうでなければ人間業とは思えない程の高速移動で逃げられていたに違いない。


「ゼロさん、あたしの後ろには援軍も来てるんです。もう少しこいつをここに釘付けておけば、思念体だけでも捕らえられるかもしれません!」

「そうか、魔力の網を使って挟み撃ちにしよう。そうすれば魂だけの存在でも捕縛できるぞ!」

「はい!」


 俺たちの会話を聴いていた凱王は笑顔を引きつらせていた。


「そんな技があるというのか。面白いねえ! でも少し厄介だし凱王は疲れたよねえ。そうだなあ、そうしようかねえ!」


 凱王の思念は肉人形から離れて宙に浮かぶ。


「思念体といえどもその力が強すぎるのか……」

「ゼロ、あの宰相の首を思念体がつかんでるよ!」


 ルシルの言う通り、凱王の思念体が肉体から分離したもののその思念体がラスブータンの首を包み込むようにして浮かんでいたのだ。


「魔力を物理素材に変換させて首を持っている、という事かもしれないな……」


 俺は小石を拾うと大きく振りかぶって思念体に向かって投げた。

 思念体は薄いもやのように半透明な姿をしていたが、ラスブータンを覆っている部分だけ石を弾き返す。


「なるほど面白いねえ、勇者くん! ここまで凱王が大変な思いをするのは初めてかもしれないねえ!」


 薄いもやが人の顔のように集まってくる。


「凱王様、ここは一度お退きください……。拙僧も首のままでは」

「まったく。これじゃあどちらが主人か判らないよねえ」

「面目次第もございません」

「まあいいさ、凱王も少し楽しみを取っておけるというものだからね。そうだよね、勇者くん!」


 既に高いところへ飛んで行ってしまった凱王の思念体からの声だけが聞こえてくる。

 地面にはぐずぐずに崩れ去った肉塊が血だまりの中に転がっていた。


「こっちはちっとも楽しみじゃないんだけどな」


 アガテーが座り込み、トリンプが俺に駆け寄ってくる。

 ルシルは俺の横で腕を組んで考えにふけっていた。


「ともかくだ」


 俺はルシルたちの姿を見ながら大きく息を吐く。


「ブラッシュの町は落ちた……よな?」

「だね」


 この町で俺たちに敵対する者はもういなかった。

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