血の泥濘より生まれし者
俺は手にした剣に魔力を込める。
地面から飛び出しているラスブータンの頭は巨大化して俺の身長くらいは優に超えていた。
その頭が咥えている俺の剣が鈍い光を放ち魔力が注がれていく。
「これでおしまいにしてやるぞ!」
「魔力、魔力うまひ、おいちい……!」
「まだまだだ! これでも喰らえっ!」
俺は自分の魔力が空になっても構わない程大量の魔力を剣に注ぎ込む。
その魔力はラスブータンを通して魔血石に吸収されていくが。
「ひ、ひっ、おいちい魔力……! も、もうたびらりにゃ……!」
「爆ぜろ」
俺が最後に力を込めるとラスブータンの頭部が割れたスイカのように破裂した。
「おおっと、これはまずいねえ」
ラスブータンから噴き出す血の雨の中に何かが立っている。
「吸収というのは面白い技だよねえ」
若い男の声。
血しぶきの中に光る目がこちらを見ていた。
「誰だ……」
俺の問いに答える事もなく声の主は大量の血だまりから何かを引きずり出す。
「ほほう、白衣が鮮血に染まって深紅の衣になったね。ラスブータン、これからお前は深紅の宰相とでも言うべきかねえ」
引きずり出されていたのは確かにラスブータンだ。
「が……凱王様……」
「実験体としては面白かったけど少し力を暴走させすぎてしまったようだねえ、ラスブータン」
「申し訳……ございません」
ラスブータンは巨大化して俺の魔力を吸収しきれずに破裂してしまったのではないのか。
「吹き飛んだのは魔力吸収による肥大化した表皮という事か」
俺の言葉に凱王と呼ばれた青年が答える。
「その通り! 流石に人間が十倍も大きくなるなんて普通に考えて変だろうねえ?」
凱王はラスブータンを立たせて両手を空へ向け、一気に振り下ろした。
その動きなのか勢いなのか、凱王の身体にまとわりついていたラスブータンの血しぶきが吹き飛ぶ。
そこから現れたのはあまりにも白すぎて確度によっては虹色にも見える全身鎧。短く刈り込まれた銀髪が更に容姿の白さを強調しているようだった。
「それでもあそこまで協力に成長したラスブータンを弾けさせるまでに注ぎ込まれた魔力量、君は大した能力を持っているようだねえ! 凄いねえ!」
子供のように喜びを見せる凱王。だが無邪気さの中に恐ろしい闇が隠れているようにも思える。
純白に輝く見た目とは正反対な、深遠まで光の届かない漆黒で暗黒。
「ゼロ、こいつ……」
ルシルが見つめるのは凱王の頭。底には小さいながら鋭利に尖った角が二本生えていた。
「ああ、魔族……それもかなりの実力を持った者だろう。今まで俺にさえも気配を悟らせなかった」
「私も気が付かなかった……。でもあの宰相は魔族を毛嫌いして道具みたいに扱っていたのに」
だが凱王は魔族の角を持っているのだ。その者にかしずいているという事は魔族に対する考えは違うのか。
凱王は首をかしげて俺たちを見る。
「君たちは何か勘違いをしているようだねえ。この凱王、れっきとした人間なんだよね。きっとこの魔族の角が気になっているのだろうけどねえ、これはさ……」
凱王は俺たちに冷たい視線を投げた。
血の泥濘の中から見えた鋭い光。
「魔族を取り込んだ力の証なんだよね」