ブラッシュの町を覆う悪意の雨
辺境三国の内の一つ、ブラッシュの国。ここもコームと同じように都市国家として中央にそれなりに大きな町が栄えていて、そこを中心とした地域が国となっている。
夜も明けて段々と日が高くなっていく。
「そろそろ住人も起き始めたところだろう。抵抗はしないで投降するように町の人たちへ伝えてもらいたい」
「判りました。行ってきましょう」
俺の強さを目の当たりにして降伏したバルは、町を守るために巡らせた壁へと向かう。
「どうしたバルさん! 無事だったか!」
壁のところどころにある見張り台の一つから見張りの兵士が乗り出してバルに声をかける。
「俺以外は全滅した。この国にもう戦力は残っていない。門を開けて降伏するんだ!」
バルが大声で見張りの兵士に伝えた。
「そんな、バルさんがいて負けたなんて……」
「監視塔からの狼煙で救援に駆けつけたが、このお方一人にブラッシュ軍は全滅したんだ。俺たちじゃあこのお方を止められない。王も捕らえられブラッシュの歴史はこれで終わるんだ。だからここは素直に門を開けてくれ」
「馬鹿な……。だけどそんな事ただの見張りの俺に決められねえよ……」
見張りが言う事ももっともだ。
俺はバルの隣に行って見張りの兵士に向かって叫ぶ。
「降伏しろ! 命だけは助ける。抵抗しなければな!」
俺の声に恐れをなしたのか、見張りの兵士が尻餅をついて奥へと下がっていった。
「あなた様の威圧は凄いですから一介の兵士には強烈すぎました。俺だって今ので背筋が寒くなりましたから」
バルはそう言うと鳥肌の立った腕を見せる。
「そうか、それは済まなかったな。脅すつもりはなかったんだが」
だが残念な事に耳の奥が痛くなった。敵感知が機能したのだ。
俺に向けられた敵意に対して。
「ゼロしゃん、危ないの!」
トリンプが俺の外套を引っ張る。俺が数歩後ろに下がった時、俺の足下に矢が刺さった。
「当たるところだったな。ありがとうトリンプ」
「うん!」
「ゼロ、そんな事を言っている場合じゃないよ!」
ルシルが見上げる先には、夜明けの太陽をまた夜へと押し戻そうとするかのような大量の矢が俺たちに向かって飛んでいる。
「真っ暗! ゼロしゃん怖い!」
「心配するな。ただの矢なら……SSSランクスキル発動! 円の聖櫃っ! 物理完全防御の盾よ俺たちを守れっ!」
俺は両手を前に広げて力を込めると、俺を中心とした魔力の壁が球形に広がっていく。
「ひにゃっ!」
トリンプは頭を抱えてうずくまる。
バルや降伏した兵士たちも盾を構えたり荷物を頭上に掲げたりして少しでも矢の雨から身を守ろうとした。
ルシルは俺の隣で平然としている。
「ルシルしゃん!」
トリンプが悲鳴にも似た叫び声を上げた。
円の聖櫃が作った壁に矢の雨が降り注ぐ。
だが半透明な魔力の壁に矢が次々と弾き返されていった。
「おおっと」
何本か光を帯びた矢が円の聖櫃を貫通してくる。
「Nランクスキル雷の矢!」
ルシルが間髪を入れず電撃を放って飛び込んで来た矢を撃ち落とす。
「仮に魔力を付与されていたりマジックアイテムだったりしても私が何とかするわ」
「助かる。円の聖櫃は物理攻撃には完璧な防御なんだがその代わりに魔法にはまったく効かないからな」
ルシルが俺を補助してくれるから、俺は大量の矢に専念できる。
「す……凄い……」
改めてトリンプが一方的な攻撃を完璧に撃退している俺たちを見て感激していた。
「さあてそろそろ」
「だね」
俺とルシルはお互いの目を見てうなずく。
降り注ぐ矢の雨の中、円の聖櫃が消えた。