夜襲の千人
息を潜めて近寄ってくるのか、押し寄せてくる殺意の塊は感じるものの敵の総数を把握できない。
「たいまつも点けずにこの真夜中か」
「ねえトリンプ、赤外線暗視で見たところどれくらいいるの?」
「えっと……あの」
トリンプの能力を頼るには訳がある。
俺の敵感知では俺に向けられる殺意を察知する事はできるが、その数までは詳しく判らない。殺意の強さによって痛みが変わってくる程度だ。危機を知るには都合がいいもののその程度だったりもする。
「あの……さっきよりも十倍くらいはいると思う……」
「十倍、千人程度か」
俺の問いにトリンプがうなずく。
そんな時に扉の向こうから声が聞こえた。
「あれ、開かないぞ……」
どうやら降伏した兵士の一人が扉を開けようとしているのか。
「えー、あのですね」
「なんだ、襲ってこようとしたのではないのか」
俺は扉越しに話しかける。
「いや、あんたの力を見たら裏切りの裏切りをするつもりも起きないんで、かといって俺たちは降伏した手前ただ逃げるっていうのも不義理な気がしてさ」
「なぜだ? 元々敵なんだから俺たちの事は気にしないで立ち去ればいいのに」
「それはそうなんだけど、あんたは俺たちに逃げる選択も与えてくれた。それでも俺たちは降伏する道を選んだ。だったら今回の事も……」
扉の向こうで兵士が言いよどむ。
「今襲ってきている奴らの事か?」
「やっぱり気付いているんですね。そうです、ブラッシュの軍で俺たちの仲間だった連中、あんたの戦いの強さを本当の意味でまだ知らない連中です」
「どれくらい来ているかは判るのか?」
「はい、俺たちは先兵でその数は百人、俺は百人隊長のバルってもんです。そして今夜陰に乗じてこの監視塔を包囲しようとしているのが本隊で兵数はおよそ千人」
トリンプの見立てと同じか。
俺は振り向いてトリンプの方を見た。
トリンプは少し得意そうな顔をしている。あとで頭をなでてやろう。
「まあもしかしたら千人もいればあんたにも勝てるかもしてない、って思ったりもするけど……でも一応これは俺たちのけじめなんで、その事を伝えに来たって訳で」
「そうか。立場が違っていればお前みたいな真摯な奴とは親しくしたい所だがな」
「ただ俺たちは愚直なだけですよ。それじゃあ俺たちはどちらとも戦いたくないので、これで失礼しますよ」
そう言うと階段を降りていく足音が段々と小さくなっていった。
百人隊長のバルが立ち去ったのだろう。
「義理堅いというか、俺を襲うなり勝手に逃げるなりすればいいものをな」
「面白いねあいつ」
「そうだな。さてと、降伏した兵士たちはこの監視塔から立ち去るだろう。夕刻に戦った時、先に逃げた奴らは敵本隊と合流しているかも知れない」
「ある程度ゼロの力を把握している可能性がある?」
「恐らくな。だから夜討ちを狙っているのだろう」
俺は改めて小窓の所へ行くと、両手を外へ突き出した。
「Sランクスキル発動、閃光の浮遊球! コソ泥のように闇に紛れてにじり寄ろうとする輩をその輝きであぶり出せ!」
俺の両手から光の球が放たれる。俺は連発させて複数の光球を生み出し夜空へ解き放った。
「ほう、見える見える。うじゃうじゃと集まってきているではないか」
俺の光球に照らし出されたのは千人いるというブラッシュ軍だ。
平原を埋め尽くすかのようにこの監視塔へと向かってくる。
「初めからこうしていればよかったねゼロ」
ルシルの言葉に俺は小さく肩をすぼめた。
「で、どうする? やっちゃう?」
俺の返事は決まっていた。