部隊長の首が持つ効果
「今決めろ」
俺の言葉で兵士たちが動きを止めた。
監視塔近くの平原にブラッシュの軍勢が救援に駆けつけた所だが、俺一人に手も足も出ない状況で戦いを望もうという者が減るのも当然だろう。
「俺はやられたからやり返す、それだけだ。だが一般兵や市民にその責任を負わせようとは思っていない。俺の相手はあくまで安全なところで他人の命を使ってゲームを楽しんでいるような輩だ」
俺は地面に向かって剣を一振りすると、その勢いで草原の土が薄皮を剥くようにめくれた。
その上に立っていた兵士たちは、突然足下の大地がめくれ上がる事に耐えきれず、倒れたり転がったりして戦闘態勢を取るどころではなくなっている。
「だから一般の者にはなるべく機会を与えているつもりだ。降る者は降れ、逃げる者は逃げろ。お前たちを死地に追いやる命令を下した者に忠義を尽くすというのであればそれも構わないが、その場合は俺に命の灯火を吹き消されるだけだ」
俺は別の地面に向かって剣を振るい、その勢いのまま剣を振り上げた。
先程と同じようにめくれた地面が宙に舞い、兵士たちの頭上にバラバラになって降り注いだ。
「俺の剣は別に地面を掘るだけの能力じゃないからな。この剣圧がお前たちの身体をどのように斬り割き、押し潰すかは想像できると思うが?」
土と草の雨が降り止んだ時、兵士たちは既に統制が取れなくなっていた。
「お、お前たち、逃げるな! 相手はたかだか一人、いや魔族の女を背負っているから二人だが、所詮その程度だ! 一斉にかかればお前たちにも勝機はあるぞ!」
俺はわめき散らしている男を見る。
「ほほう、兜も彫刻だか刺繍だかいろいろな装飾がなされているところと、その偉そうな物言い。お前がこの部隊の長だな?」
「ひ、ひぃっ!」
「まったく、偉そうに命令するくらいなら自分から率先して俺に突撃をしてくるくらいの度量を持ち合わせていればいいのに……」
俺はゆっくり歩きながら部隊長らしき男のところへと向かう。
周りにいる兵士たちは俺に向かってくるどころか後ろに下がって道を空ける始末だ。
「突撃させるどころか戦う気力も失せているようにしか見えないがな」
「う、う、うるさいっ! ええいどいつもこいつも腰抜けばかりがっ! これなら奴隷でも連れてくるんだったぞ!」
「ほう、奴隷で編制した軍でもあると言うのかね。なるほどこれだから特権階級や権力者が腐る訳だ。やはり奴隷制は不要どころか害悪だな。ふむ」
俺は奴隷の解放という難題に考えを巡らす。
搾取する側は気にしないだろうが、奴隷というものは段々とその居場所に安心を求めてしまう場合がある。
「最低限生活ができるのなら、言いなりにしていた方が自分で考える必要がないから頭は楽だろうがな」
俺は前後に足を開き前傾姿勢になった。
「だから何だ、ブラッシュ王国は、いやこの近辺の国は言う事を聞く奴隷がいるんだ! そんな便利な道具を使って何が悪い!」
「道具……!?」
俺は一瞬相手の考えが判らなかったが、よくよく考えてみるとこの男は制度の上で安穏としていたのだと思うとそれもそれで哀れだな」
俺は背中に乗っているトリンプをぶら下げたままスキルを発動させる。
「Rランクスキル超加速走駆……」
瞬時に部隊長の背後に移動した。
「なひっ!?」
部隊長の断末魔と共にその首が落ちて転がる。
「お前たちの隊長はこんな姿になってしまったが、それでも俺と戦うか? 今ならまだ許してやる。俺に降るか俺から逃げるかだ」
兵士たちの中でざわめきが大きくなった。
自分たちをまとめる部隊長が一撃で簡単に討たれてしまったのだ。
「わ、判った! 俺は降伏する!」
「なんだとこの裏切り者め!」
「俺は市民なのに国は奴隷みたいな扱いをしやがって! だから俺はこいつに降伏する! ブラッシュの国内で奴隷みたいに顎で使われる今よりもまだマシだろう!」
この言葉を皮切りに、兵士たちの中からも少なくない数の連中が剣を放り投げて降伏しようと片膝を付いた。
他に大多数を占めるのは、既に散り散りになってここにはいない連中だ。かなりの人数が逃げ去った様子だ。
「どちらも兵士たちがそれぞれで選んだ道だからな、別に止めようとは思わないから好きにするといい」
俺は降伏するでもなく逃げるでもない、ただ立ち尽くしている奴を何人か見かけた。
「Sランクスキル発動、剣撃波! 己の行いに責任を負えずにただ立ち尽くす者には、空間ごとその身を斬り飛ばされる事だろう!」
俺の剣が円を描くように周囲へ剣圧を発生させる。
降伏する意思を伝えるため肩肘を付けて頭を垂れている者には届かない高さであり、無為無策にただ立っている者には顔の高さで空間が斬り割かれた。