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魔族の角

 既に無人となってしまった監視塔だが、てっぺんから白い煙が出ている。


「敵襲を知らせる合図か何かだろうな」

「多分ね……」


 俺は身支度を調えて周囲を見渡す。


「ねえこの女どうするの?」


 ルシルが言っているのは兵士たちに追われていた魔族の女性だ。


「三本の角というのは珍しいな」

「そうね、私も三本っていうのはあまり聞かないわね」


 この魔族の女性は山羊のような角が頭の左右に生えていて、中央にはもう一本先の尖った角が生えていた。


「それでは目立つだろうに。フードもかぶれないだろうからな」


 もじもじと上目遣いで俺たちを見ている女性に話しかける。


「俺はゼロ、こっちはルシルだ。不都合がなければどうして追われていたのかを教えてくれないか」


 女性は手を組んだり長い髪の毛をいじったりして気持ちを落ち着けようとしているようだ。


「あ、あの……ありがとう。トリンプの名前はトリンプって言うの。トリンプ、この近くを歩いていたら急に怖い人たちに追いかけられて」


 トリンプと名乗った女性の見た目は俺よりも年上のように見えるが言葉遣いは子供じみたものだった。


「何かしたとか巻き込まれたとか、そういうのはないのかな」

「う~ん、トリンプよく判らない。人間、トリンプの角を見ると追いかけてくるからトリンプ逃げるの」

「ほう……。なあルシル」


 俺はトリンプと話ながらもルシルに尋ねてみた。


「何よ」

「魔族と敵対している人間の町だと訳もなく襲いかかってきたりするのかな」

「さあ判らないわ。私はあまりそういう町には行かなかったし、そもそも人間の町を襲う時は初めから敵対している相手だからね」

「そりゃそうだよな。ルシルが魔王だった頃に人間の町をうろついたりなんかしなかっただろうからな」

「しなかったわね~。そう思えば今は普通に人間の町にいたりするけどね」

「変な感じだな」

「まあね。元魔王と勇者が一緒に旅をしている事自体、変な感じだけど」

「まったくだ」


 俺とルシルの会話を聞いてトリンプが目を丸くする。


「魔王……勇者!」

「まあな。だからといって無闇に魔物を狩ったり魔族だからって殺したりなんてしないけどな」

「そうなの……?」


 怯えたようにトリンプが確認した。


「俺は別に種族や生まれで敵か味方かなんて決めないからな。敵意を持って俺に向かってくる奴は排除しているだけだ」

「この大陸に来たのも私たちの国に攻め込んできたから、もう二度と攻めるなんて馬鹿な事ができないようにするためだもんね」


 俺はルシルの言葉にうなずく。


「俺としては静かに暮らしたいだけなんだけどなあ。どうも厄介事から俺の方にやってくるみたいなんだよな」

「疫病神だよね、それだと」

「そんな事ないだろ」


 俺とルシルが冗談を言っている所でトリンプが噴き出す。


「ぷっ……あはは!」

「なんだよ、そんなに笑う事はないだろ?」

「疫病神、凄いじゃない……。勇者で神様なんだから」


 トリンプは笑いながら俺を見る。

 その目には涙が溜まっていた。


「笑いすぎだ……」


 俺は肩をすくめてため息をつく。


「だがその角は確かに目立つよな」


 俺は大きく伸びているトリンプの角に触れる。


「ひゃうっ!」


 身体をこわばらせてトリンプが固まった。


「あ、すまん。角は敏感だったか」

「う、ううん、急でびっくりした……だけ」


 トリンプは角をかばうようにして俺から距離を取る。


「ゼロ~、魔族の角はあまり触れちゃ駄目だよ~」

「そうなのか。ルシルの角はそんな感じしなかったけどな」


 俺はルシルの頭をなでながら、額に生えている小さな二つの角に触れてみた。


「ん……ふにゃん」

「あ、ルシルもか……」


 俺は手をのけようとするが、ルシルは俺の手をつかんで角に触れさせたままにした。


「もうちょっと……触ってていいよ」

「お、おう……」


 ルシルは顔を赤らめながらそっと下唇を噛んだ。

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