お試しにいかが
モンデールたちが去ってようやく商売が始められる。とはいえ寂れた裏通り、人の流れどころか人そのものがまばらだ。
「さあさおいでませおいでませ、山の奥からやってきた、肉に毛皮に木材だ! 気になる品があったなら、お手にとってご覧あれ~!」
「ご覧あれ~!」
シルヴィアが口上を述べてルシルがそれに続く。
端から見れば美人姉妹とでも見られるだろうか。二人とも仲良く売り子をやっている。
「お客さん、来ないねぇ……」
元気に呼び込みをやっていたルシルも、客足が無ければ気持ちも落ちてくる。俺とカインは荷馬車から商品を運び出す役割なのだが、売れなければこの仕事も一向に始まらない。
「そうだねぇ、ボクが見てもうちの商品が安くて品質もいい事は判るんだけど、お姉ちゃんたちが呼び込みをしても全然来ないとなるとなぁ」
カインは何か考えている様子だった。
「ちょっとそのままで売っていてね。ボク、奥で支度をするから」
「支度?」
カインはもう奥で何かを始めている。在庫の干し肉を細かく切ったり木材を細く削いだりしていた。
「お待たせ。これ、通る人にあげちゃって」
カインが持ってきたのは、お盆に乗った干し肉。豆粒くらいに小さく切ってあって、そこに木を削って作った楊枝が刺さっていた。
「あげちゃって、って、商品なのにいいのか?」
「うん。売れなかったら意味が無いし、これを食べてくれれば魚に飽きた町の人たちがお肉を買ってくれるよ!」
「でも、ただであげちゃうってもったいなくないの?」
ルシルの言うことももっともだ。俺もそう思う。商品をただであげてしまっては何のために商売に来たのか。
「へへっ、そこは後で教えてあげるから、今はまずこのお盆のお肉を皆に食べてもらおう! だって、おいしいのは間違いないんだもの!」
「そうか。カインがそこまで言うなら……。あ、ちょっとそこのご老人、見ていくだけじゃなくてせっかくだからこれ、一つ食べていってよ」
エプロン姿の俺は通りがかる老人に声をかける。
「え、別にワシは買わないよ? 代金は払わないのにくれるのかい?」
「ああいいよ、食べてってよ。一人一口、ちょっとしかないけど食べたら判る、おいしさが判るよ!」
「そこまで言うのなら、っとと、ワシも歳かの、手に力が入らなくてうまくつまめんわい」
「それなら楊枝を刺して食べてみてよ」
「どれどれ、ほっ、楊枝があると確かに楽だ」
カインにつられて老人は一つつまんで口に入れる。
「おほっ! どうしたこれは、ワシは生まれも育ちもガレイだから肉なんてそうそう食べられるもんじゃないけど、それでもこの肉がうまいってのは判る! あぁ、肉なんて食うの何年、いや何十年ぶりだろう……。干し肉なのに噛むと出てくる脂と汁気。そして肉の匂いと、これは……」
「燻製だよ。森で採れるいい匂いのする木を燻すのに使ったんだ」
カインの説明に老人は目を閉じて物思いにふけるかのようだった。
「ああ、森の中を吹き抜ける風のように、そして木々の間を駆け抜ける獣のように、なんて豊かな味わいなんだろう……」
とても喜んでくれている様子で、見ているこちらも嬉しくなってくる。
「でも悪いんだけど今手持ちがなくてね。それではごちそうさまね」
「いいよいいよ、喜んでもらえれば。おいしかったでしょ?」
「ああ、とっても」
そう言い残すと老人は笑顔で通りの奥へ消えていった。