監視塔と逃げる女
辺境三国はそれ程交流があった訳ではなさそうだ。街道らしい街道は整備されておらず、海岸沿いに行けばたどり着くという多少不安とも言える情報を頼りに進んでいた。
「日が落ちてきたな。宿になるような場所もないし今日も野宿か」
「うう、野宿かあ……」
「なんだルシル、野宿となると途端に元気がなくなるな。ほらあの辺りに大きな木が何本か生えているだろう。木の近くに行けば雨風はある程度しのげるかもしれないぞ」
「そうだけどさあ」
俺たちは木の生えている少し小高い丘に登っていく。
「あ、ゼロあれ!」
丘に登って視野が広がったところで遠くにたいまつらしい光が見える。
「建物……円筒状の、監視塔みたいな感じだな」
「あそこに行ったら屋根もあるし、ゆっくり休めるんじゃないかな」
「火が点いているっていう事は誰かいるんだろう?」
「旅人だって言えば大丈夫だよ、ね、行ってみよう!」
俺はルシルに手を引かれながら石造りの塔へと向かっていく。
「ねえ誰か前から走ってくるね」
確かに、監視塔から俺たちの方へ誰かが走ってくる。それを追うような形で何人かが更に走ってくるようだ。
「た、助けて……!」
ぼろぼろの外套を身にまとって旅人の服装をした髪の長い女性が走ってくる。
「魔族!?」
ルシルが驚いた声を上げる。
走ってくる女性の頭には三本の角があり、左右は山羊のような角が生えていて真ん中には先の尖った長い角があり、長い髪の間から突き出していた。
「そこのお方、助けてくださいぃ~」
女性は俺に駆け寄ると腕にしがみついて俺の背後に回る。
「ちょっ、ゼロも! なにデレデレしてんのよ!」
ルシルのけりが俺の足に入った。
「いってぇ、ちょっと待て、待てよ! 俺だっていきなりなんだか……」
年の頃はシルヴィアと同じかそれよりも少し年下かもしれない。俺よりも年上のように思え、その年齢に見合った女性らしい身体付きである事が俺の腕に押しつけられる柔らかさで判る。
「そうやってまたおっぱい押しつけられてニヤニヤしているんだから! ゼロのえっち!」
「仕方がないだろう!」
俺たちがごちゃごちゃとやっていると女性を追いかけてきた男たち五人が正面に広がって俺たちを半包囲する形になった。
「君たち、その女をこちらに引き渡してくれないかな」
言葉はそれ程荒くはないが高圧的な態度だ。
身なりは綺麗だとは言えないが五人とも同じような武装をしている。
「ブラッシュの兵士かもしれないな」
俺はルシルにだけ伝わるように小声で話した。
「俺たちは旅の者だ。ごたごたには関わりたくないのでね」
俺が男たちに話すと男の一人が俺の方に近寄ってくる。
「それであれば我らに関わらない事だな。その女にも義理はないだろう」
「まあ確かにな」
「だったらその腐れ魔族をとっとと渡せ!」
他の連中も下卑た笑いをしながら近寄ってきた。
「う~ん、その言い方は気にくわないな。どうするルシル?」
「私も今の言葉にはカチンときた」
「そうだよな、人に物を頼むにも言い方ってあるよなあ」
「あるわね」
男たちは剣を抜こうと柄に手を当てる。
「おいおい待てよ、武器を抜いたらもう命のやりとりになってしまうぞ。そこまでする価値があるのか?」
「うるさい黙れ! 下手に出ていればいい気になりやがって!」
「いやいや全然下手ではないだろうが」
俺は呆れながらも両手を広げて抵抗する意思がない事を伝えようとした。
「黙れ! ええいこうなりゃ力尽くで……!」
男たちは一歩、また一歩と踏み出してくる。
俺の腕にしがみついている女性から震えが伝わってきた。