高速船に吹く風
水平線に見える俺たちの船。
元々俺たちの大陸は外洋を行き来するような大きな船を持っていなかった。
俺が今拠点としているコームの町がある西の大陸から、大挙して押し寄せてきた船を拿捕して自分たちの物にしているのだ。
ベルゼルが自分たちに都合のいいように新造船を計画していたようだが、造船所もなければ船を一から造る技術も持ち合わせていないだけあって、今ある物をいかに使うかが今の課題だった。
「ゼロ、私たちの船が襲われている! 沖合いから別の船が来ているよ!」
ルシルの声が悲痛に響く。
「思念伝達で連絡は取れるか!?」
「できるけど、向こうは混乱しているみたい」
「それもそうだよな……」
こちらにあるのは俺たちが乗ってきた巨大船と元々沿岸警備隊が持っている小船が数隻だ。
「ベルゼル、沿岸警備隊の持っていた高速船があったな」
「接収しております。今すぐに使えるよう支度は調っております」
「人の手配はどうか」
「昼夜問わず交代で控えておりますので今すぐにでも出発は可能です」
「相変わらず準備がいいな」
「恐れ入ります」
俺たちは高速船へと向かった。
「ルシル、例のあれ頼めるか」
「海神の奔流でしょ、任せて」
「よし!」
港に向かいながら船の扱いを確認する。
「ベルゼルは風を操れるか」
「申し訳ございません、そのようなスキルは持ち合わせておりません」
珍しく気落ちしているようなベルゼルの姿があった。
「でもベルゼル」
「はいルシル様」
「おまえのブレスならいけるんじゃないの?」
ルシルが突拍子もないことを言う。
「ルシル、俺が頼もうとしていたのは船の帆を風で押したいという事だったんだが」
「だから風のスキルを、って思っていたのよね?」
「ああ。だからブレスって、吐息だろう? 俺とそう体格も変わらないベルゼルじゃあ……」
だが、ベルゼルはルシルの言葉に合点がいったようだ。
「ワタクシのブレスでよろしいので?」
「風の勢いならSランクの風スキルよりも強いのが出せるでしょう」
「はい、それはもう!」
ベルゼルは嬉しそうに返事をする。
「え、そんなブレスなんて吹けるのか?」
「はい。強さであればルシル様のおっしゃる通り、それなりのものが出せます」
「そうか! 実際にはどうなるか判らないが、やってみるか」
「はい!」
そうこうしてる間に港に停泊している沿岸警備隊の高速船に到着した。
「よし乗り込め! 俺は凍結の氷壁で船底を固める。氷の板ができたら出発だ!」
「うん!」
「はいっ!」
ルシルとベルゼルが先に船へ乗り込む。
俺は船の先端に行って凍結の氷壁をかけた。
「氷の板で船の舳先を覆ったぞ!」
「ゼロ!」
ルシルが船の上から手を差し伸べてくる。
「おう!」
俺は桟橋を蹴って飛び上がり、右手でルシルの手をつかみ左手で船の手すりをつかんだ。
「行きますよ!」
ベルゼルは高速船の帆を大きく広げ、そこへ息を吹きかけた。
「あっ、ベルゼルそれは!」
俺が止めようとしたその声は波音にかき消されてベルゼルには届かなかったようだ。