高いところの内輪もめ
壁の上から俺たちを見下ろしているのは副王と警備隊長だ。
無残にも身体に痣ができてしまったシルヴィアが力なくうなだれている。
「この女商人はこちらの言う事を聞かなくてね、こうでもしなければ大人しくならなかったのだよ」
副王は手にした杖でシルヴィアの顎を押し上げた。
「くっ、その汚い手を放せ!」
俺は頭に血が上るのを必死に押さえて副王を制止させようとする。
ただもちろんそんな事ではシルヴィアを解放しない。
「それにしても無様よなあ、隊長よ」
副王は門の前で倒れている兵士たちを見て愚痴をこぼす。
「副王様、我らは沿岸警備隊ですぞ。海での戦いならいざ知らず、陸に上がっての戦いは不慣れなのです、そこをご理解下さい」
「そうは言っても船に乗り込んでの白兵戦ならお手のものとか言っていたではないか! 剣を持っての戦いも得意としていたと思うがあれは口だけだったのか!?」
「し、しかし……あのような無限に湧いて出てくる骸骨の戦士相手にどうしろと……」
悔しさに唇を噛みしめながら言葉を絞り出す警備隊長の頭を副王が持っていた杖で勢いよく叩く。
「国軍の衛兵も預けてやっているのだ、これくらいどうにかできずに何が隊長か!」
副王は警備隊長を何度も杖で打ち据える。
「も、申し訳ございません……」
嵐が過ぎ去るのを待つ子供のように警備隊長はうずくまってこらえていた。
「や、やめなさい……。あなたの望む結果ではなかったとしても彼はあなたの国民でしょう。国を守る者にそのような扱いはなりません……」
シルヴィアが肩や腕の痛みをこらえながら、それでいて芯のある声で副王を諫める。
「なんだとう! この敵国の間者め、お前は儂の言う事を黙って聞いておればよいものを、痛い目に遭ってもまだ減らず口を叩きおるかっ!」
副王は怒りにわななく手で杖を振り上げた。
「むぐっ」
シルヴィアの顔から覗く鋭い眼光が副王を射すくめる。
その一瞬動きが止まった所で俺が壁に駆け寄った。
「それ以上やってみろ、お前のその膨れた身体を破裂するまで膨らませてこの壁の上からばらまいてやるぞ!」
俺は足を浮かせて壁につま先を付ける。
「Rランクスキル凍結の氷壁発動、氷の板よ俺の足場となってこの壁を乗り越えさせろ!」
俺の浮かせた足の下に氷の板ができて壁に張り付いた。
俺は氷の板を階段のように使って壁を垂直に上り始める。
「なっ、ひゃっ、なぜこの壁を上って……!」
副王からすれば不気味で理解不能な行動だったろう。
副王からは俺の足元の氷は見えない。そんな状態で俺が壁を上っていくのだから。
「アガテー!」
俺が壁の上にいるであろうアガテーに呼びかける。
既にアガテーは後背からの影撃を使って警備隊長の手からシルヴィアを拘束していたロープを奪い取っていた。
隠密入影術で気配を消して潜んでいたのだ。
「さ、シルヴィアさんこっちへ」
アガテーはシルヴィアのロープをほどくと副王たちから距離を取る。
「これでお前を潰すための障害は全てなくなった。俺が上りきるまでの短い時間で覚悟を決めるのだな!」
「なっ、馬鹿な! ええい衛兵はどうした! こやつらを捕らえろ! 追い払えっ!」
俺が壁を上るその背後でまた別の喧噪が聞こえた。
「俺らが奴隷でいる時は終わった! 俺らは自分たちで自由を勝ち取るんだ!」
奴隷区にいた奴隷たちが武器を手に壁へ押し寄せてきたのだ。
「勇者ゼロ! 待たせたな!」
海からは上陸した魔族や沿海州の男たちを引き連れたセシリアが戦闘に加わる。
「受け取れっ!」
セシリアが船から持ってきた俺の剣を投げてよこす。
「助かる!」
俺は覚醒剣グラディエイトをつかみ取ると、一気に壁を駆け上がった。