コーム王国上陸組
コーム王国の港町が近い。
沿岸警備隊長が言うにはこの港町自体がコーム王国だという話だ。他は離れた所に数件の家はあるものの町や村といった規模の都市はないらしい。
「ではこちらへ。少し窮屈だろうがそこは理解してくれ」
警備隊の者たちが上ってきた縄ばしごではなく、クラーケン号の側面に沿って長い吊り下げ型の階段を下ろして皆はそれを使って降りていく。
先頭は俺、護衛隊長役として演技を行う。
続くのは大商人で船長役、交渉人としても働いてもらうシルヴィアだ。
「それではシルヴィア船長」
俺は護衛らしく先に小船へ移り、シルヴィアが乗るのを手伝う。
普段は呼び捨てにするのだがここは警備員たちが見ている手前、大商人とその護衛らしい演技をしていた。
大商人としての服装は柔らかい布地を使っていて全体がふんわりとした装いになっている。
交渉を行うに際し一張羅に着替えてきたという設定で、シルヴィアとルシルだけは汚れていない服に着替えていた。
「ありがとうございますゼロさん」
俺はシルヴィアの手を取って小船に乗せようとした時、少し大きな波がクラーケン号に当たってその跳ね返りが小船を大きく揺らした。
「きゃっ」
シルヴィアが揺れに耐えきれず俺の方へ倒れてくる。俺はとっさにシルヴィアを引き寄せ抱きかかえた。
「大丈夫か」
シルヴィアは俺の胸の中で赤くなっている。
服装のせいだけではなく、シルヴィアの身体の柔らかさとぬくもりが俺に伝わってきた。
「はい、ありがとうございます……」
ふくよかな胸の形が変わる程に押しつけられていたが、俺にしがみついていた事に改めて気付いたのか慌てて離れようとする。
「まだ船は揺れている、こちらへおかけになって下さい」
「え、ええ。そうですね」
シルヴィアは顔を赤らめながら俺の手を頼りに小船の空いているところへ腰を下ろす。
その後ろで冷ややかな視線を俺に投げかけるルシル。
「何か?」
「べ~つに~」
ルシルもシルヴィアの隣に腰を下ろす。
もう一人、汚れていない服を着ている奴が降りてきた。ベルゼルはなぜか普段着でもまったく汚れないのだ。こればかりは不思議で、あの雨風の中でも服に埃も汚れもそれこそ垢染みなどは一切なかった。
ベルゼルは小船に乗り移るとルシルの後ろで立つ。多少小船が揺れても微動だにしない。
「お嬢様、大丈夫でしょうか」
「うん、まあ大丈夫よベルゼル」
「左様ですか」
何が大丈夫か俺には判らないがとにかく大丈夫らしい。
最後に降りてきたのはセシリアだ。男装をして俺の部下の役になって上陸組に加わった。
俺とセシリアはその護衛役としてシルヴィアたちを囲むように移動した。
「俺たちも座るかモンデール」
「ああそうしよう、隊長」
セシリアはきりりとした表情で俺の隣へ座る。
女だと怪しまれないように今回は家名であるモンデールと呼ぶようにしたのだ。
「モンデール、少し近くないか?」
セシリアは俺と肩がぶつかるくらい、それどころか俺とぴったりくっつくくらいに身体を寄せてきていた。
「そんな事はないぞ隊長。船が狭いだけだ」
「そ、そうか。それなら仕方がないな……」
なぜかここでまたルシルの冷たい視線が俺に注がれる。
「お嬢様、大丈夫でしょうか」
「う、うん、大丈夫よ……」
「左様ですか」
先程と似たような会話。
「おっと」
そうこうしている間に小船がクラーケン号から離れて動き出した。
警備隊員たちが櫂を漕いで行くが、それに加え中央に立っている帆が風を受けて船を進める。
「なるほど、風を推進力に使うのですね、これは面白い!」
ベルゼルが船と動きに関心を示す。
子供のように目を輝かせて海面を進む船に見入っていた。