コーム王国の沿岸警備隊
港町はそれなりに活気がある。行き交う船や停泊している船がかなりの数になっている所からもその様子がうかがえた。
俺たちがぼろぼろに見せかけた船で漂流者を装って港へ近付けると、一艘の小舟が近付いてきて中に乗っている者が俺たちに向かって話しかけてくる。
「お前たちはどこの国の者か! なぜここに来たか! 用件を言え!」
俺は主要な者を甲板に集め、小舟との交渉を行う。
「俺たちははるか南方の商業国家、ミナミン国から来た! 途中嵐に遭い遭難していたところ、海流に乗っている内にこちらへ流れ着いた! もう水も食料も尽きた、助けが欲しい!」
予定通りの口上で交渉を開始する。
俺たちはわざと汚れた服装で疲労困憊の様子を見せ、演技を行った。
「碇を下ろしてそのまま沖で待て! 本部と連絡を取る!」
小舟は港に引き返していき、少ししたところで何艘かの船で戻ってくる。
「我らはコーム王国の沿岸警備隊である! これよりお前たちの保護のため乗船するが、船長はお前か!?」
警備隊長らしい男が俺に向かって問いかけるが、俺は首を横に振って返事をした。
「俺は船長代理だ。商人の護衛として乗船している。船長に代わる、少し待て!」
俺はそれだけ伝えて後ろに控えていたシルヴィアを船縁に連れてくる。
俺とシルヴィアは小舟の警備隊には聞こえないような小声で確認を行う。
「シルヴィア、相手は弓を構えたりスキルを発動させるような素振りは見せていない。大丈夫だと思うが俺が横で守るから安心してくれ」
「ありがとうございますゼロさん。それでは……」
シルヴィアが船縁で下にいる警備隊たちを見る。
「私はミナミン国の商人、この船クラーケン号の船長シルヴィアです! コーム王国の友人たちに栄光と繁栄が訪れますように!」
シルヴィアは南方民族でやりそうな、両手の平を胸の前で合わせてお辞儀をしながら答えた。
実際に船を指揮していた本物の船長はベルゼルだが、交渉という所では大商人の役としてシルヴィアに船長役をやってもらう。
「私たちはコーム王国の友人たちに助けを求めます。そして私たちは商人です。価値あるものを提供する事はもちろん、コーム王国の友人たちのためにきっとお役に立てるでしょう」
滔々と挨拶を続けるシルヴィアにはいつも感心させられる。初めて会う相手に対して警戒心を抱かせないように、敵意のない事と相手にとっても利益があると思わせる事、そして何より真摯でありながら卑下をしたり下手に出たりはしない。あくまで対等な関係を築くための交渉だ。
「コーム王国は海の民、海で困ったことがあれば救いの手を差し伸べるのは当然! しかし我らも確認をしなくてはならないのでな、我らの乗船を許可されたい!」
警備隊長の返答に対しシルヴィアが俺の方を見る。俺は警備隊たちには判らないくらい小さくうなずくと、シルヴィアが警備隊たちに向き直った。
「歓迎します海の友よ! さあ上がってきて下さい!」
シルヴィアが指示を出すと、それを受けて甲板にいたヒマワリが縄ばしごを手すり越しに垂らす。
「感謝する!」
警備隊長がそれに応え、縄ばしごを上ってきた。
俺は懐に入れている短剣を服の上から確認する。交渉するのに敵意を見せてはいけないと思い、長剣である覚醒剣グラディエイトは持っていない。
「穏便に済めばいいがな……」
俺は口の中でそうつぶやき、つばを飲み込んだ。
焼けるような日差しにあって誰かの汗が甲板に落ちてもそれがすぐに蒸発してしまうが、その汗が暑いからなのか緊張によるものなのか、そんな張り詰めた空気が漂っていた。